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Vol.15 (1994/5[171])

<国内情報>
インフルエンザ様患者からのCoxiella burnetiiの分離例−静岡県


 Q熱の病原体Coxiella burnetiiは,家畜,野生ダニなどから分離されており,わが国においても平井ら(1993)によってその存在が明らかにされている。一方,ヒトからの検出についてはOda et al.,(1989)がカナダから帰国後発症した患者(1名)の静脈血からの分離例を報告しているが,国内の患者から分離したという報告はみあたらない。

 海外の報告例によれば,ヒトがQ熱に感染した場合,発熱,嘔吐,咳などインフルエンザ様症状を示すことが知られている。そこで,我々はインフルエンザ様症状を呈した患者の血清を対象として本病原体の分離を試みたところ,興味ある知見を得たので報告する。

 検査材料は静岡県下で1992年12月〜翌年2月までにインフルエンザ様症状を呈した7集団(A〜G)の学童(7〜11歳)55人の急性期と回復期のペア血清を用いた。まず,分離に供試する血清を選択するため,これら55人のペア血清についてC. burnetii Nine Mile株に対する抗体保有状況を間接蛍光抗体法(IF)によって調べた。なお,判定は16倍以上の抗体価を示した検体を陽性とした。その結果,インフルエンザ様症状を呈した学童55人中18人にC. burnetiiに対する抗体保有が認められた。このうち,回復期血清の抗体価が急性期血清の4倍以上に上昇していた患者がC,D,E,Fの4集団5名に認められた(表1)。これら5名の血清はTおよびU相菌に対し有意に上昇しており,IgM型抗体価(8〜128倍),IgG型抗体価(16〜128倍)の値からみて,感染後間もないことが疑われたため,それらの急性期血清を分離材料として供試することとした。

 病原体の分離は,供試材料をA/J系マウスの腹腔内に接種し接種当日から免疫を抑制するためにサイクロフォスファミドを5日間隔で皮下注射して3週間飼育した。3週間後に脾臓を摘出し,乳剤を作製して新たなマウスの腹腔内に接種する操作を3代まで繰り返した。次に,病原体の同定は@継代後のマウス脾臓塗抹標本のギムザ染色による菌体の観察,A既知抗血清を用いたIF抗原の検出,B脾臓ブロックから抽出したDNAのPCR法による特異バンドの検出,C4%グルタールアルデヒド溶液で固定した脾臓ブロックについて透過型電子顕微鏡を用いた菌体の確認,Dマウス血清中のC. burnetiiに対する抗体価の測定により行った。PCR法では,1988年VodkinとWilliamsが報告したC. burnetii Nine Mile株のHeat shock protein Bを支配するhtp-B遺伝子部位から合成した21merのプライマーを用いた。

 分離同定試験の結果は,表2に示したとおりである。C-7,F-4,F-5,の3検体のギムザ染色,電子顕微鏡所見およびIF抗原,PCRの成績はともに陽性を示し,マウスの抗体価も,64〜512倍に上昇していた。また,D-6については,PCR法ではバンドが確認できなかったものの他の項目はすべて陽性を示し,マウスの抗体価も64倍に上昇していた。しかし,E-6についてはすべての項目が陰性でありマウスの抗体価も16倍と顕著な上昇が認められなかった。これらの成績から5検体中4検体(C-7,D-5,F-4,F-5)の分離株はいずれもC. burnetiiと同定された。

 写真1は,PCR法により,C. burnetiiに特異的な501bpのDNA断片が増幅された写真である。写真は2はF-4の電子顕微鏡写真で,空腔内に大小不同・多形性のC. burnetii粒子が多数確認できた。なお,さらに拡大した写真では,C. burnetiiの菌体に特異的な形態の1つとされている外層と内層からなる細胞壁が確認された。

 C. burnetiiが分離された4名の年令は7〜9歳で,臨床症状は発熱を主徴とし,他に嘔吐,咳,筋肉痛などインフルエンザ様症状を呈していた。同一検体について行った他の病原体の検査成績は,マイコプラズマは陰性であったが,D-6からはインフルエンザウイルスA香港型(H32)が分離された。さらに他の2名については,当時患者が属していた集団で流行していたインフルエンザウイルスに対して,有意な抗体価の上昇がみられた。

 今回の調査によって,インフルエンザ様疾患患者の急性期血清からC. burnetiiが分離されたが,これは,海外渡航歴のない国内在住者からの国内で最初の分離例である。Q熱は,分離培養が困難なことからこれまで検査網を逃れてきた疾病と考えられるが,今回の調査で,県内の東・中・西部地域の学童から病原体が検出されたことから,我々のごく身近に位置する人畜共通感染症と推察される。現在,感染源を究明するため,C. burnetiiが分離された4名の周辺環境などの疫学調査を実施中である。



静岡県衛生環境センター
長岡 宏美,秋山 真人,杉枝 正明,西尾 智裕,赤羽 荘資,服部 坦
岐阜大学農学部 平井 克哉


表1.インフルエンザ様疾患患者のC. burnetiiにたいする抗体保有状況
表2.患者急性期血清由来分離株の同定成績
写真1.PCR法による分離株の確認
写真2.透過型電子顕微鏡による確認(F−4)





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