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1993年12月に東京都御蔵島村の診療所の医師より疑似つつが虫病患者の血清学的な確定診断の依頼を受けた。
症例は伊豆諸島の御蔵島在住の66歳の無職の男性で,初診7病日目の所見は,発熱(38℃),両鼠径部および右腋窩リンパ節の腫脹,前胸部の発疹を認め,頭痛,関節痛等を訴えていた。また,刺し口が左下腿部に痂皮として認められたため臨床的につつが虫病の疑いが強く持たれた。
依頼された急性期血清の間接蛍光抗体法(IF)による抗体価は,Karp,GilliamおよびKatoの各標準株抗原に対し,IgMはすべて<10倍,IgGは10〜20倍と7病日としては低く,この時点では血清学的につつが虫病と診断し得なかった。念のためこの血液をマウス腹腔内に接種して分離試験に供するとともに回復期血液の採取を診療所に依頼した。その結果,15病日目の回復期血清において,IFによるKarp,GilliamおよびKatoに対するIgG抗体価がそれぞれ≧640倍,160倍,80倍と明らかな上昇が認められ,つつが虫病と診定された。しかし,IgM抗体価はすべて10倍と低値であった。患者の症状はアクロマイシンの投与により速やかに軽快した。
他方,急性期血液を接種したマウスは14日目頃より腹部膨満,立毛等の発症徴候を認め,マウス血中の抗リケッチア抗体が証明されると共に腹腔細胞内におけるリケッチア粒子が確認され,リケッチア分離にも成功した。
東京都におけるつつが虫病としては島しょ地区(伊豆諸島)に分布する軽症型の七島熱が良く知られている。本疾患は1950年代に大流行を起こし,1,000名を上回る患者数をみたが,1960年代半ばには発生数もごくわずかとなり,以後終息したかに思われていた。ところが1970年代半ば以降の全国的なつつが虫病の多発と時期を一にして表に示すごとく伊豆諸島においても再び患者発生が認められるようになった。
近年の七島熱の調査・研究は東京都衛生局により1983年から3ヵ年にわたり伊豆諸島の式根島を中心とした実態調査が実施されているが(伊藤ら,1984),今回の患者住所地の御蔵島は調査されていない。御蔵島は東京から約200kmの南方海上に位置する島で,周囲16.5km,面積19.69km2,断崖絶壁をもって直ちに海に臨んでおり,島自体が一つの山岳の様相を呈する。人口は250人,オオミズナギドリの繁殖地としても有名である。オオミズナギドリは本邦では地域により天然記念物として指定されているが,御蔵島では害鳥としての認識が強い。その理由として,同鳥が杉の根元に穴居して群棲するため杉を枯らし,崖くずれの原因となる。このため本邦唯一の例外として御蔵島では許可のもと一年の一定期間,このオオミズナギドリを計画的に処分している。今回の患者の発病前の行動歴を調べると2週間前頃に約30羽のオオミズナギドリを手掴みで処分し,羽をむしる等の作業に従事していたことが判明しており,この作業の際にトリに付着していた未吸着のツツガムシ(伊豆諸島での媒介種はタテツツガムシが大部分)に刺咬され,罹患した可能性が高い。
御蔵島では,古くからオオミズナギドリのことをカツオドリとも称しており,1952年,東京都により刊行された「七島熱の調査研究」では,島民が初秋の頃このオオミズナギドリの繁殖地域内に足を運ぶと,一種の熱性疾患にかかり,これを「カツオドリ熱」と称したとしており,すでに七島熱があったことを示唆する記述がみえる。なおこのカツオドリ熱は別に「トリ風邪」とも呼ばれている。これは従来島民が穴居するオオミズナギドリが解禁となる11月にこのトリを捕獲し,その10日前後にしばしば熱性疾患を発症するためこのような俗称で呼ばれていたゆえんである。現在ではむしろトリ風邪と呼ぶほうが一般的なようである。また,1965年には徐により同島においてこのトリを介した感染例が報告されており,「トリ風邪」の原因がつつが虫病リケッチアであることが確かめられている。
このように人口250人たらずの御蔵島で俗称が2つあるほど普遍的な疾患であり,過去においてもかなりの島民が罹患した可能性があり,また,今後とも感染の機会も多いと思われる。七島熱に再感染のあることは,東京都が実施した式根島の患者血清の抗体調査で血清学的に証明されているが(伊藤,1992),本症例もIgM抗体がほとんど未上昇であり,再感染の可能性も否定できない。
以上,オオミズナギドリが介在したつつが虫病の症例を紹介したが,オオミズナギドリがその感染に関与し,つつが虫病伝播が起こり得ることはこのトリの特徴である生態(土穴に巣を作るためツツガムシに吸着される)に関連して大変に興味深い。
参考文献
伊藤忠彦ら:東京都衛研年報,35,61-68,1984
東京都衛生局予防課編:七島熱の調査研究,東京都刊,1952
徐慶一郎:伝染病誌,39,347,1965
伊藤忠彦:バムサ会報4,1,1-7,1992
(「東京都微生物検査情報」より再掲)
東京都立衛生研究所 伊藤 忠彦
表 東京都におけるツツガ虫病患者発生状況
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