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1993年の夏期に,東京都内で相次いで2例のVero毒素産生性大腸菌(VTEC)O157:H7によると推定された集団下痢症が発生したので,その疫学的および細菌学的−血清学的検討成績の概要について報告する。
集団事例1:都内の小学校で発生した集団下痢症で,患者発生は,6月22日〜7月25日までの1ヵ月以上の長期に及ぶものであった。発症者は,児童710名中142名で,1年生から6年生までの全学年に認められた。また,患者の家族−関係者24名にも発症が認められた。児童142名の主要臨床症状は,腹痛(83.1%)と下痢(88.7%)で,38℃以上の発熱を認めた者は13.4%であった。血便は,下痢を呈した126名中26名(20.6%)に認められた。このほか,上気道炎症状を呈するものが多数認められ,また,リンパ腺の腫れを伴う者もあった。しかし,患者全員の予後は良好で,溶血性尿毒症症候群(HUS)を併発した者はいなかった。
細菌学的検査の結果,患者および非発症者糞便の合計52件からVTEC O157:H7が検出された。本菌は,VT1とVT2の両毒素産生性,生物型はAleksicらの3(ソルビトール陰性)で,検討した9薬剤(CP,TC,SM,KM,ABPC,ST,NA,FOM,NFX)すべてに感受性の同一性状を示した。また,プラスミドプロファイルや染色体DNAのパルスフィールド電気泳動パターンによる遺伝子解析でも,同一性状の菌であることが確認された。本流行の感染源としては,学校給食,飲用水およびプールが疑われたが,特定するまでには至らなかった。
集団事例2:8月28日〜9月7日までの11日間にわたって都内の保育園で発生した集団事例で,患者は園児68名中30名であった。本事例でも,患者の家族−関係者10名に発症者が認められた。主要臨床症状は,下痢(97.0%)で,4名(13.8%)に血便が認められた。このほか,嘔吐(27.0%),腹痛(15.0%),38℃以上の発熱(10.0%)が認められた。そして,患者4名が入院,3名がHUSを併発した。HUS発症者は,1〜2ヵ月の入院加療が必要であったが,全員寛解した。
細菌学的検査の結果,患者および非発症者糞便の合計15件からVTEC O157 : H7が検出された。本菌は,VT2単独産生株で,生物型はAleksicらの3,9薬剤に感受性の同一性状を示した。また,遺伝子解析でも同一の性状が確認された。飲料水,プール,給食等について疫学的−細菌学的調査を行ったが,感染源を特定することはできなかった。
これら2集団事例から分離された血清型O157 : H7菌は,産生毒素型,プラスミドプロファイル,染色体DNAのパルスフィールド電気泳動パターンが各々異なることにより,1993年に東京都内で相次いで発生した2集団事例は,各々異なる起源の菌による発生であることが示唆された。
また,2集団事例の患者血清について受身血球凝集反応により血中抗体価を測定した結果,血清型O157の非加熱抗原および加熱抗原に対して著明な抗体上昇を認め,血清診断が有効であることが示された。
昨年発生した2集団事例において,いずれも患者の家族や関係者に患者発生が認められ,二次感染が疑われたことは,本菌感染症予防対策を考える上で大きな課題を提起した。
東京都立衛生研究所 甲斐 明美
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