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1994年8月26日以降,インドの南央,南西および北部で,腺ペストおよび肺ペストの集団発生報告が続いている。ほとんどの報告は未確認のため流行の規模は明らかでない。8月26日,ボンベイの東約300kmのマハラシュトラ州ビル地区で1匹のネズミが死んだとの報告があり,その後ペストの初発患者が報告された。9月22日,ボンベイの北約200kmのグジャラート州スラート市で肺ペスト患者が発生した。9月26日までにスラート市でさらに数百名の肺ペスト患者が発生し,多くの死者が出たと報告された。9月26日および27日には,ボンベイおよびカルカッタから,27日にはデリーからも患者発生が報告された。
ペストはペスト菌(Yersinia pestis)保有の齧歯動物およびノミから感染する。最近ではアジア,アフリカ,南北アメリカでの発生が報告された。米国の西部では,野生の齧歯動物からヒトに感染した散発事例が毎年報告されている。しかし,米国では1924年以来,肺ペストがヒトからヒトへと伝播した報告はない。インドでは20世紀前半にペストの大流行があったが,1966年以降はペスト患者発生の報告はない。最新データ(1992年の世界の発生状況,WHO,WER,1994)によると,ヒトペストの発生は,ブラジル,中国,マダガスカル,モンゴル,ミャンマー,ペルー,米国,ベトナム,ザイールの9ヵ国から報告されている。
ヒトペストの多くはペスト菌保有ノミから感染した腺ペストである。しかし,ペストに感染した動物,あるいは肺ペスト患者からのエロゾールによる感染もある。ペストの潜伏期は1〜7日で,症状は発熱,悪寒,頭痛,倦怠,筋肉痛,虚脱,吐き気等である。腺ペストでは鼠径部,腋窩部,頸部のリンパ節の疼痛を伴う腫脹が特徴であり,肺ペストでは咳と呼吸困難が特徴である。敗血症型の時は,局所症状は無く急激なショックを起こす。インド等のペスト流行地への旅行者は,ペスト菌感染の危険を防ぐために,ペスト患者が発生した地域への旅行は避けるべきである。旅行を回避できない場合には,1)感染ネズミの生息地,特に死んだネズミが観察された地域を避けること。2)戸外での作業の際は衣服等に昆虫忌避剤を用い手足を昆虫から防御すること。3)死んだり弱ったりした動物の取扱をしないこと。4)ペスト患者や感染動物に接触した場合には予防投薬を実施する。予防投薬として,成人にはテトラサイクリンあるいはドキシサイクリン,8歳以下の子供にはスルフォンアミドを用いる。ペストワクチンの抗体上昇は接種後数ヵ月かかるので,緊急時にはワクチンによる感染防御効果は期待できない。
海外旅行者の中でインド出国後7日以内に発熱をみたら,ただちに医師の診察を受けること。ペスト流行地から帰国し7日以内に発熱した患者に対して,医師は警戒を払うべきである。ペストに罹患した疑いのある患者は,すべて隔離入院をさせ診断のために検査材料を採取し,胸部X線検査を実施し,抗生剤の治療を開始する。検査のために採取した血液は,培養および抗体価の測定に供する。肺ペストが疑われる患者からは喀痰を,腺ペストが疑われる患者からはリンパ節からの吸引液も採取する。ペストの治療にはストレプトマイシン,ゲンタマイシン,テトラサイクリン,クロラムフェニコールが有効で,これらの使用によって死亡率は60〜100%から10〜15%に低下する。肺ペストおよび腺ペストの患者と濃厚に接触した人には,予防投薬が有効である。
(CDC,MMWR,43,38,689,1994)
IASR編集委員会からのコメント
本稿は,現在インドで流行しているペストに関する情報を提供するために,米国のCDCから取り寄せたMMWRの最終稿である。本文にもあるように,菌の検出による確定患者の正確な数はまだ不明である。わが国でペストの実験室診断(菌分離,血清診断,PCR診断等)に対応できるのは,現在は国立予防衛生研究所細菌部のみである。予研細菌部ではペスト患者発生の際には緊急検査に応じる体制をとっているので,材料送付等に関しては下記に連絡されたい。
TEL 03-5285-1111(内線2230または2231)
FAX 03-5285-1163
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