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Vol.16 (1995/5[183])

<国内情報>
所謂“ホタルエビ”の原因はルミネセンス産生性のVibrio cholerae non-O1である


1994年7月滋賀県の琵琶湖の生簀で青白く光るスジエビ(所謂ホタルエビ)が大量に発見され,新聞やテレビで報道されるなど注目された。それらの発光エビは採集後数時間で死亡した。死亡後,発光は次第に衰えつつも1〜2時間持続した。これらのスジエビは所謂エビの伝染性光り病に罹ったものと思われ,死んだエビの甲殻から発光ビブリオが分離された。これらの分離株はTCBS寒天培地上で白糖非分解性の青緑色集落を作り,PMT寒天培地上ではマンノース分解性の黄色集落を形成し,その生化学的性状からV. cholerae,またはV. mimicusが推定された。分離菌株の代表株(838-94)とV. choleraeおよびV. mimicusの基準株とのDNA/DNAハイブリダイゼーションの結果,発光菌株はV. choleraeの基準株と高い相同性(79%)を示したが,V. mimicusとは低い(45%)相関しか認められず,ホタルエビ由来の発光細菌はV. choleraeと同定された。

 これらの菌株は22℃1夜寒天培養菌で強い発光がみられたが,35℃では観察できなかった。代表分離株とO22の参考株との交差吸収テストの結果,両者のO抗原はa-a,b型の抗原関係にあることが認められ,これらの発光菌株は独立したO群とはせずにO28群に統合した。該菌株でCTを産生したものはなく,CT遺伝子もまたNAG-ST遺伝子も保有していなかった。

 琵琶湖で捕獲した48匹のスジエビの甲殻下に分離菌株の新鮮培養菌を約105個接種したところ,接種後2日以内に41匹のエビが死亡し,それらのうちの3匹に鮮やかな発光を認めた。

 魚介類の所謂ブビリオ病(敗血病)はほとんどがV. anguillarumに起因し,V. choleraeが淡水魚のビブリオ病の原因とされた集団事例は,アユの敗血症の報告が数例あるにすぎない。しかし,淡水のエビもアユと同様に条件がそろえばナグビブリオの被害を受けることはありえよう。今回の事件が発生した琵琶湖でも,この年(1994年)は例年にない異常気象で水温がかなり上昇し,また湖の水位もかなり低下していた。このような悪条件のもとで,さらに生簀という自然条件とは著しく異なる環境に置かれたスジエビがルミネセンス産生性のV. choleareの感染を受け敗血症を起こし,それが拡大していったものと考えられる。

 エビの伝染性光り病,所謂ホタルエビの原因菌に関しては,既に大正の終りに慈惠医大の矢崎芳夫博士によって詳細に研究されており,諏訪湖で美しい燐光を放つヌカエビが発見され,これはある種の発光細菌がヌカエビに寄生したものであることを突き止めた。この感染をうけた発光エビは早晩死を免れないという,エビにとっては恐るべき伝染性光り病で,その原因菌はコレラ菌に極めて類似しているが,コレラ菌抗血清には凝集を示さないことを指摘し,それらをMicrospira phosphoreum(Yasaki)と命名したが,現在その菌名は廃棄名である。しかしながら,矢崎論文の記載から該菌種がVibrio cholerae non-O1に相当することは疑う余地がない。さらに,博士はそれらの発光細菌の病原性および発光性も各種淡水エビを用いた実験で再現している。一方,千葉県の水郷として有名な佐原地方でも光るエビが発生していたが,矢崎博士はその原因がかつて諏訪湖で発見されたヌカエビの伝染性光り病の原因菌とまったく同一のものであることを証明した。佐原市のホタルエビは昭和9年国の天然記念物に指定されたが,その後ヌカエビそのものが激減し,昭和46年以降ホタルエビの発生を全く見なくなり,昭和57年その指定が解除された。



国立予防衛生研究所 島田俊雄 荒川英二 伊藤健一郎
理化学研究所    小迫芳正
神奈川県衛生研究所 沖津忠行 山井志朗
滋賀県琵琶湖研究所 西野麻知子 中島拓男





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