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1994年8月,1カ月前に感冒症状があり,発熱と左上肢のしびれ感ならびに右上肢の筋力低下を主訴とした21歳の女性が来院した。病歴や家族歴などに問題はない。入院後の頭部CT像では径1〜2cmのring enhanceされる境界明瞭な腫瘤陰影が,またMRI像では同じ部位がガドニウムでring enhanceする嚢胞性病変が多発していた。軽度の好酸球増多(3.4%)をともなう白血球増多(9,700/mm3)とlgE値の上昇(390IU/ml)があったことから,寄生虫感染を疑い,患者血清が国立公衆衛生院寄生虫室に送られ血清検査に供された。その結果,条虫とくに有鉤条虫抗原に対して陽性であった。数回の駆虫によっても腸内からは成虫は得られていない。この間上肢のしびれ感や筋力低下は徐々に軽減し,また患者が開頭手術を拒んだため,化学療法に切り替えpraziquantel(Biltricide,Bayer)の投与(50mg/kg,分3,7日間)を行い,1カ月後のCT像およびMRI像では,病変部が消失傾向にあった。有鉤条虫抗体陽性であることならびに脳有鉤嚢虫に特徴的な画像が得られたこと,また駆虫薬投与で症状の軽減がみられたことから,本例を脳有鉤嚢虫症と診断した。
患者は神奈川県秦野市在住で,異常性行為や海外渡航歴はなく,また特殊な獣肉の生食歴をもたないが,焼肉が好きでよく食していた。また,韓国から直輸入されたキムチ漬(韓国東北部産)をスーパーで購入し常食していた。同じ食事をしていた内縁の夫には症状はなく,抗体も陰性であった。
荒木1)によれば,1993年までに有鉤嚢虫症は389例あり,外国人63例と汚染地である沖縄県の症例168例を除くと,94例が国内感染例である。1970年以降の国内感染例のうち,ブタ肉の生食例を除いて,異常性行為での感染を含めたいわゆる虫卵の経口摂取によって感染した例は10例ある。そのうち,韓国済州島で製造され本邦に輸入されたキムチ漬が原因と思われる症例が荒木の総説にも提示されている。本症例も汚染野菜を原料としたキムチ漬内の虫卵を経口摂取して発症したものと思われた。一般に虫卵の経口摂取が原因と思われる症例では親虫が腸管内に存在せず,有鉤嚢虫症で発症することが多い。このような場合,汚染地から輸入された食品摂取の有無を聴取することが肝要であると思われる。この有鉤嚢虫症が虫卵で汚染されたキムチ漬が原因であるなら,この食品は日本で広範に市販されていることから,本症例と同様の患者が今後増加すると予想される。
1)荒木恒治(1994)臨床寄生虫誌,5:12-24
東海大学医学部感染症学教室 永倉貢一
同 神経内科学教室 永山正雄
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