HOME 目次 記事一覧 索引 操作方法 上へ 前へ 次へ

Vol.16 (1995/6[184])

<国内情報>
内臓リーシュマニア症(カラ・アザール)の1例


 昨今の海外旅行者の急増により,邦人が海外でさまざまな感染症に羅患し,国内で発症する,いわゆる輸入感染症が増加している。我々が最近経験した内臓リーシュマニア(カラ・アザール)もこのような寄生虫感染症のひとつである。

 症例は30歳,日本人女性。WHO関係の仕事に従事し,15年前からアメリカで生活している。2年前からインドで調査活動を行っていた。1994年5月の帰米直後より全身倦怠と悪寒を伴う熱発が出現した。New England Medical Centerにて入院検査を受け,何らかの感染症を疑われが悪性リンパ腫の可能性も否定できないとの診断で,脾臓摘出術を受けた。その後発熱はステロイドの大量投与によりコントロールされたため,熱発の原因を精査するために帰国した。

 帰国入院後,ステロイドを減量する頃から熱発がみられ,徐々に全身状態も悪化していった。患者の居住歴から熱帯病感染症を疑い,繰り返し血液や骨髄塗抹標本の検査を施行したところ,3回目の骨髄塗抹標本中のマクロファージ内にLeishmania donovaniのamastigote(無鞭毛期虫体)が証明された。また,同時に採血された末梢血リンパ球画分をN.N.N.培地にて培養したところ,1週目にpromastigote(前鞭毛期虫体)が出現し,上記原虫による内臓リーシュマニア症であることが確定した。

 Leishmania属原虫によって起こる疾病には皮膚リーシュマニア症 (本月報Vol. 16,No. 3,1995) と内臓リーシュマニア症とがある。後者はアジアではインド西部,中国(北部,北西部,西部)に分布し,南米ではアルゼンチン,パラグアイ,ボリビア,ブラジル東北部,アフリカではスーダン,エチオピア,ソマリア,ケニア北部に分布する。また、スペイン,ポルトガル,ギリシャなどヨーロッパの一部の国にも分布する。最近の分類では,内臓リーシュマニア症の病原虫をさらに細かく区別し,インド亜大陸に分布するものをL. donovani,アフリカ,地中海沿岸,中東,中国に分布するものをL. infantum,中南米のものをL. chagasiと呼んでいる。

 感染は,吸血性昆虫の仲間であるPhlebotomusあるいはLutzomyia属のサシチョウバエによって媒介される。このハエがヒトを吸血するときに,ハエの腸内で増殖し,咽頭に移動してきたpromastigoteがその刺し口から侵入する。体内では鞭毛が消失したamastigoteの型に変化して,マクロファージなどの網内系細胞に寄生する。そして,宿主細胞を破壊するまで2分裂により増殖し続け,次の細胞に侵入する。

 戦後,中国からの引揚者を中心に多数の患者をみたが(川北ら,1967は明治44年〜昭和40年までの症例297例を集計・報告,うち72%が中国で感染),最近では中国で感染したと考えられる2例(いずれも未発表。うち1例は死亡例)とケニアあるいはエジプトで感染した1例の報告があるのみである(伊藤,1983)。これらはいずれもその感染地から推測するとL. infantumであり,インドで感染したことが明らかなL. donovaniとしては本症の最初の例であろう。

 診断は肝臓、脾臓の生検標本や骨髄穿刺標本中の網内系細胞内にamastigote期のL. donovaniを証明することによる。また,生鮮生検標本や穿刺液あるいは血液のリンパ球画分を無菌的にN.N.N.培地に接種し1週間〜10日後に増殖してくるpromastigoteを確認する。

 治療は,第1選択薬であるスチボグルコン酸ナトリウム(商品名Pentostam)を5%グルコースに混ぜて静注する。本剤は厚生省熱帯病治療薬の開発研究班(責任者:東京慈恵会医科大学・大友弘士教授)から入手可能である。治療後も白斑を伴った皮疹(post-kala-azar dermal leishmaniasis)の出現に注意が必要である。



 参考文献

川北靖夫ら(1967):熊本医師会誌,41,1054-1065

伊藤 章(1983):感染症,13,150-163



東京医科歯科大学医動物学教室
赤尾信明 月舘説子 藤田紘一郎





前へ 次へ
copyright
IASR