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Vol.16 (1995/12[190])

<国内情報>
ハロファントリンによる治療後,心電図上一過性のQT時間延長が認められた日本人輸入マラリア2症例


 世界の年間マラリア罹患者数は1億人を越え,日本人年間海外出国者数が1,300万人を越えた現在,本邦の年間輸入マラリア患者数も報告されるだけで100例を越えだした。国内における診断・治療の適切性は,以前にも増して要求されてきている。マラリアの治療薬の中で,比較的新規な抗マラリア薬であるハロファントリンは1984年より世界でマラリアの臨床治験が開始され,本邦においても1992年以来その優れた有効性が報告されている。しかしながら1993年より諸外国において心電図所見上の異常を認める副作用が注目され始め,治療後の突然死も報告された。我々は輸入マラリアを2例経験し,ハロファントリンによる治療を心電図による観察下に行った結果,本邦において日本人症例としては初めての一過性のQT時間の延長を認めたので報告する。

 症例1:患者は22歳の男性。1994年7月から1月ほどインド,タイを旅行し,帰国1週間後40℃の発熱を訴えた。顕微鏡検査,血清抗体価検査により三日熱マラリアと診断された。患者はハロファントリン投与後9時間で平熱に復し,原虫の消失時間は69時間であった。投薬2日後に心電図上QT時間の延長,リズムの不整が一過性に観察された。そのほか自他覚的な副作用は認めなかった。

 症例2:患者は51歳男性。1989年,1991年とザイールにおいてマラリアの既往があるが,感染した原虫種は不明。1994年5月〜1995年3月まで,南米のマラリア非流行地を旅行。この間1995年2月より38〜40℃の発熱が続いた。帰国後,顕微鏡検査,血清抗体価検査により卵形マラリアと診断された。ハロファントリン投与後解熱時間は12時間,原虫の消失時間は71時間であった。投薬翌日に心電図上QT時間の延長,T波の減高が認められた。そのほか自他覚的な副作用は認めなかった。

 ハロファントリンによるマラリア治療例数は既に世界で340万人と見積られており,報告例だけでも1,000例を越え,治癒率は95%以上である。副作用に関しては比較的軽微で,下痢,腹痛,嘔気,嘔吐等の消化器症状が主にあげられている。

上記2症例においても,心電図所見以外には特記すべき副作用は認められず,それぞれのマラリア治療にハロファントリンは著効を奏したものと考えられた。しかしながら心筋に対する障害が明らかになっている以上,今後その副作用に関する問題が起こる可能性があり,ハロファントリン投与にあたっては特にその点に留意しなければならない。WHOはWER(1993)の中に以下のような使用上の注意を特記している。1)QT延長の既往歴,家族歴がある患者には用いない。2)QT延長が知られている薬剤との併用や,ビタミンB1欠乏症の患者への投与を行わない。3)電解質バランスの異常がある人には与えない。4)6時間間隔で3回に分けて全量24mg/kgを分与する方法以上の過剰投与を行わない。5)空腹時に投与する。6)緊急的にやむを得ず治療用に自己投与するのであってもQT時間が正常の人に限る。

 現在本邦において市販される経口マラリア薬はファンシダールのみで,有効かつ安全な新たな薬剤の導入に特別な関心が払われてしかるべきである。ハロファントリンはその有効性において特に優れた治療薬と考えられるが,既に我々はその他にもハロファントリンによる血管内溶血を疑わせる日本人三日熱マラリア症例,日本人熱帯熱マラリア症例のハロファントリン投与後の再燃例も経験しており,今後日本人輸入マラリアのハロファントリンによる治療にあたっては,さらに慎重な検討を重ねてゆかなけれなならないものと考える。



群馬大学医学部寄生虫学教室 狩野繁之





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