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Vol.17 (1996/1[191])

<国内情報>
国際会議「パンデミック・インフルエンザ−再出現の危機に備えて」報告


 1995年12月11〜13日に,NIH主催,ミシガン大学,CDC,FDA,WHO,日米医学協力計画の協賛の下に,米国ベセスダでインフルエンザ大流行に備える国際会議が開催された。本会議は,近くに予想されるインフルエンザ大流行に対する対応を様々な面から検討する初めての国際会議であり,米国を中心に世界各国からインフルエンザの基礎研究者,ワクチン担当者,臨床家,行政担当者など約200名の参加者があって,活発な意見交換と今後の対応への提言がなされた。

 A型インフルエンザは,10年から40年周期でHA抗原の不連続変異(大変異)が起こり,全世界を席巻する大流行(パンデミー)が引き起こされる。20世紀に入ってからは,1918年のスペインかぜ(H1),1943年のイタリアかぜ(H1),1957年のアジアかぜ(H2),1968年の香港かぜ(H3),1977年のソ連かぜ(H1)の大流行が起こっており,それぞれ数千人を超える患者と多数の死亡者を記録し,社会的・経済的にも大きな被害を及ぼしてきた。では,次の大流行は,いつ,どのようなウイルスによって起こり,どのような被害が生じるのだろうか。またそれに対する対策はどうしたらよいのだろうか。米国では,予想される大流行に対する対応の検討を国家レベルで開始したが,パンデミー対策は全世界レベルで実施しなければならない。

 現在は香港型(H3)とソ連型(H1)が引き続き毎年のように小・中規模の流行を繰り返しているが,香港型が出現してからすでに27年,ソ連型も18年経過している。これらのウイルスに対してすでに多くのヒトが免疫を獲得していること,ウイルス伝播が極端に遅くなっている最近の流行状況,分離ウイルス株の解析から今後大きな連続変異は起こりにくいとの予想などから,H3,H1ウイルスは末期的様相を呈していると考えられ,多くの研究者は,近々不連続抗原変異が起こり大流行が起こるのではないかと予想している。

 A型インフルエンザウイルスのHAには抗原的に15亜型が区別されているが,過去120年の経験から,ヒトに感染する亜型はH1,H2,H3のみであり,これらが繰り返して出現するという抗原循環説が唱えられている。これに従うと,次の大流行はH2ウイルスになるが,抗原循環説を支持する積極的な根拠は乏しい。しかし幾つかの知見から,H2ウイルスの再出現を予想する意見も多い。これまでの新型ウイルスは中国南部やロシア南部から出現しているが,この地域においてトリのウイルスがブタの世界に侵入し,さらにヒトのウイルスとの間に遺伝子分節の交雑(再集合)が起こって,新しい亜型のヒト型ウイルスが出現すると考えられる。最近,中国南部のブタには,トリ由来のH2に対する抗体を持つものが増えており,ヒト型のH2ウイルスが新たに出現する素地が整ってきた。また,アジア型ウイルスが消失してから28年経過しており,28歳未満のヒトはH2型ウイルスに対する免疫を全く持っていない。したがって,もしH2ウイルスが出現すれば,大流行を起こすことが予想されている。

 H2ウイルス出現はあくまでも可能性の一つであるが,新型ウイルスの亜型と出現時期については予想できないのが現状である。そこで,新型ウイルスを理論的・科学的に予想できるような技術開発の推進が必要であるが,それとともに,現実的には,新型ウイルスの出現とヒトへの侵入をいち早く発見するサーベイランス体制と,情報を世界に伝えるネットワーク体制を確立することが当面の緊急課題である。特に現在手薄な中国南部・ロシア南部を中心にして,ブタウイルスの動向から新型ウイルスの予想を立てることも強く求められている。しかし,資金,人材,教育,サーベイランス体制・ネットワークの確立と維持という現実的問題となると具体的な解決策はなかなか出てこない。わが国も国内のサーベイランス体制とネットワークをさらに充実させるとともに,中国との研究交流を深めて,来るべき新型ウイルスの予測・検出に貢献することが強く期待されている。

 次に,新型ウイルスの出現が確定的となった場合に,大流行が起こる可能性,その規模と被害を予想することは難しいが,最悪のシナリオを予想してあらかじめ対応を考えておく必要が提起された。これには,1918年のスペインかぜとともに,具体策の検討には1976年のニュージャージーにおけるブタ型ウイルス出現の際の経験が参考になる。国レベル,地球レベルであらゆる機能が麻痺することが予想されるので,危機管理体制を十分に検討して,ガイドラインの策定を含む対応を準備しておく必要がある。防疫対策にかかわる分野では,第一に新型ウイルスの発見と大流行の予測,情報交換と評価,大流行の警告および宣言,マスコミの活用などがあるが,先に述べたようにこれらの体制はまだ心許ない。次にワクチン計画であるが,大流行の可能性の判断からワクチン計画の策定までが2カ月,ワクチン生産から接種までが最低6カ月かかる。しかも,ワクチン生産のための発育鶏卵の供給とメーカーの生産量には限度があり,到底すべての人には接種できない。株化細胞を用いたワクチン生産やDNAワクチンの開発なども検討課題であるが,緊急には間に合わない。ではワクチン接種の対象を誰にするのか。現在は高齢者と基礎疾患を持つハイリスク群にプライオリティーを置いているが,スペインかぜでは20〜30歳代に死亡者が集中した。医療関係者の罹患も被害を増幅させるであろう。さらに,現在ワクチンを輸入に頼っている開発途上国ではワクチン不足が深刻となり被害が増大するであろう。現在唯一の抗インフルエンザ剤といえるアマンタジン・リマンタジンがほとんどの国で認可されていないことも問題である。新型ウイルスがこれらの薬剤に感受性を持つか否かも未知の問題であるが,少なくとも何時でも使用できるように準備しておくことは必要であろう。

 インフルエンザの大流行はいつか必ずやってくるに違いない。本会議に出席して,わが国においても,国家レベルで大流行対策を検討する委員会を組織し,流行予測技術,ワクチン・抗ウイルス剤の開発などの基礎研究をさらに推進するとともに,大流行に備えた危機管理体制を早急に確立し,被害を最小限にとどめるようにする必要を痛感した。今後,このような方向で検討を進めて行きたいと考えておりますので,皆様方のご協力をお願いいたします。



国立予防衛生研究所 ウイルス第一部 田代眞人





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