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PCR法が感染症の診断に導入されて以来様々な改良が重ねられてきている。また,廉価なプライマーの受託合成,簡便な核酸抽出キットやエチジウムプロマイドに代わる発がん性の低い染色剤の開発などもあり,予算が許せば簡便かつ迅速で精度や安全性の高い検査が実施可能となってきている。Small round structured virus (SRSV)の検査においてもRT-PCR法が用いられるようになって数年が経過し,電顕(EM)法に比較してその有効性が各地のウイルス性胃腸炎事例で実証されており,カキのような推定媒介食品からの検出報告もある。
今回,1987〜1993年に発生したウイルス性胃腸炎集団発生の15事例で採取され−80℃に凍結保存されていた54の糞便検体を用いてRT-PCR法とEM法との比較検討を行った。糞便をダイフロン処理後,高速遠心した上清の一部を核酸抽出に用い,残りは濃縮してEM検索に供した。RNAの抽出にはCTAB法を用い,プライマーにはポリメラーゼ部位としてNV35/36(Moeら:J. Clin. Microbiol. 32:642-648, 1994)を,キャプシド部位としてS9/10(山崎ら:臨床とウイルス23:251-256, 1995)を用いた。RT-PCR法は42℃1時間の逆転写反応を行った後,denaturation 94℃1分,annealing 55℃1分20秒,extension 72℃1分のサイクルを40回実施し,電気泳動むによりPCR産物の確認を行った。
その結果(表1),供試15事例中プライマーNV35/36によりウイルス遺伝子が検出されたものが11事例28検体(52%),S9/10により検出されたものが13事例25検体(46%)であった。両プライマーの組み合わせによる結果をみると,両プライマーともに検出されたものが9事例18検体(33%),NV35/36で検出されS9/10で検出されないものが5事例10検体(19%),NV35/36で検出されずにS9/10で検出されるものが4事例7検体(13%),両プライマーともに検出されないものが9事例19検体(35%)であり,両プライマーを併用した場合には14事例35検体(65%)において検出可能であった。一方,EM法による結果では,15事例32検体(59%)でSRSV様粒子が検出され,通常の検査時の検出率(約35%)に比較して高く,RT-PCR法の検出率と大差なかった。この理由として,1)EM法で陽性の検体が優先的に残存されていたこと,2)EM法で粒子が確認されたにもかかわらずRT-PCR法で陰性の事例が存在したことがあげられる。今回の施行におけて両方のプライマーでともに検出できなかった1事例に関しては,糞便のEM検索の結果,他の14事例と比較してかなり多量の完全粒子が存在する検体も含まれていた。検出できなかった原因については不明であるが,1)inhibitorの関与,2)今回使用した以外のカリシウイルスなどを含むSRSV関連プライマーの使用,3)粒子数および粒子の変性度とRT-PCR法検出感度との相関,4)2nd PCR法の実施などについて検討中である。事例ごとの結果についてみると,1)事例数においてはNV35/36よりもS9/10で検出されるものが多かった。これは1991年以降,NV35/36で検出されずにS9/10で検出される事例の占める割合が多くなってきたためであり,この頃から流行の優占型が変わってきていることが推測される。2)同一事例において検出パターンの異なっていたものが4事例あり,そのうちの1事例(1,7事例)はカキ関連事例であり,他の2事例(12,15事例)はインフルエンザ様の大規模発生事例であった。供試数も少なく,原因については不明であるが,手技上のミスや2種類の粒子の混在などが考えられる。杉枝らはPCR産物の塩基配列の解析を行い,調査したカキに2種類のSRSVが混在していたことを報告している(第43回日本ウイルス学会総会)。このような可能性は特にカキ関連事例の場合には十分考えられるため,今後これらの4事例について塩基配列を決定し,解析を実施する予定である。
今回の結果から,ウイルス性胃腸炎事例の検査にはポリメラーゼ部位とキャプシド部位について複数のプライマーを併用してRT-PCR法を行うことが検出率向上のため必要なことが明らかとなった。また,現状ではミスの少ない診断のために従来の標準検査法であるEM法も同時に実施することが肝要と考えられる。
福岡県保健環境研究所 大津隆一
表1. ウイルス性胃腸炎事例におけるRT-PCR法とEM法による検出数
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