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Vol.17 (1996/2[192])

<国内情報>
神奈川県伊勢原地区でのSRSV胃腸炎の流行


 小型球形ウイルス(SRSV)は集団や家庭内で食中毒様症状を引き起こすことで知られている。最近になってRT-PCR法によってSRSVの診断が可能になった。

 神奈川県伊勢原地区での流行は1995年10月中旬頃から始まり,ピークは11月上旬〜中旬であった。好発年齢は圧倒的に乳幼児が多いが,学童・成人にも比較的多く見られた。臨床的特徴は嘔吐で発症し,1〜2日して水様性の下痢が出現した。下痢の持続期間は4〜7日間が多い。脱水症状などはロタウイルスに比較して軽かった。

 採取した検体は1〜5歳の入院患児11名の急性期糞便材料である。検体からは病原細菌,ロタウイルス,アデノウイルスは確認されなかった。

 電子顕微鏡によるウイルス観察は20%糞便乳剤を30%ショ糖溶液上に重層して,35,000回転,2時間超遠心を行い,その沈渣を蒸留水で再浮遊し,リンタングステン酸によりネガティブ染色し,検鏡した。RT-PCR法によるウイルス遺伝子検出は20%糞便乳剤200μlに6Mグアニジンチオシアネートを等量加えた後に,RNaid法によってRNAを抽出し,25μlの蒸留水に再浮遊させRCRに使用した。PCR用プライマーはNorwalk virus遺伝子のopen reading frame(ORF)1中のプライマーペア(Sense 82, 5′-CACTATGATGCAGATTA-3;Antisense 81, 5′-ATCTCATCATCACCATA-3;4544-4869)を使用した。RT-PCRの反応液は200μM dNTPs,0.25μM 81プライマー,50単位RNasin(生化学工業),1.25mM Dithiothreitol,5単位AMV逆転写酵素を含むPCR緩衝液(50mM Tris-HCl,pH8.3,75mM KCl,1.5mM MgCl2,1%ゼラチン)15μlに抽出したRNAを5μl加えた。逆転写反応は42℃で1時間行った後,0.25μM82プライマーと1単位Taqポリメラーゼ(Takara)を含むPCR緩衝液30μlを加えた。DNA増幅はJiangらの方法1)で行った。即ち,最初のDenaturationを3分間行った後,Denaturation 94℃1分,Annealing 45℃1分20秒,Extension 72℃1分のサイクルを40回行い,最後にExtension 72℃15分間行った。PCR産物の確認は1.5%アガロースで電気泳動を行った後,エチジウムブロマイド染色し,UV光線下で観察した。

 電子顕微鏡によるウイルス検索の結果,11名の患者糞便中の8検体からNorwalk virus様の粒子が観察された。その中の2検体は抗体によるウイルス粒子の凝集が見られた。また,RT-PCR後,アガロースで電気泳動を行なった結果,11検体中9例で約320bp付近にバンドが検出された。この結果から,今回の流行はNorwalk virusが原因と考えられる。

 厚生省感染症サーベイランスによると,乳児嘔吐下痢症および感染性胃腸炎は10月下旬(44週)から関東地方を中心に流行が始まり,11月下旬(48週)には本州から九州まで流行の広がりが見られる。東北地方の仙台の検体からも同じプライマーによってNorwalk virusが検出された。また,千葉県でもSRSVが確認されている(本月報Vol.17,No.1参照)。もしこれらが伊勢原地区と同様に,Norwalk virusが原因ならば,世界でも希な大流行例であると思われる。しかし,どのような感染経路でこのような大流行が起こったのか,また病原ウイルスが一種類であるのかなど多くの疑問が残っている。



 文 献

1)Jiang X, Wang J, Graham DY, Estes MK (1992):Detection of Norwalk virus in stool by polymerase chain reaction. J. Clin. Microbiol. 30:2529-2534.



国立予防衛生研究所 松野重夫 長谷川斐子
伊勢原協同病院小児科 木村和弘
千葉県衛生研究所ウイルス課 篠崎邦子
国立仙台病院ウイルスセンター 鈴木 宏





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