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平成7(1995)年12月「食品媒介ウイルス性胃腸炎集団発生全国実態調査研究班*」は報告書をまとめた。この場を借りて,まず,調査にご協力いただいた全国の地方衛生研究所(地研)および都道府県,政令指定都市の衛生主管部局の関係者に感謝します。
調査結果の詳細は報告書を読んでいただくとして,ここではその概略を述べる。さらに,小型球形ウイルス(SRSV)による胃腸炎の疫学および今後のウイルス検出技術開発の方向について考察してみたい。
1. 調査結果の概略
1990年9月〜1994年8月までの5年間に,908事例の非細菌性胃腸炎の集団発生があったことが判った。この事例数は全食中毒事例の約2割に相当すると推定された。患者数規模が50人未満のものが9割近くを占めた。摂食者に占める有症者の率は6割と高かった。推定媒介食品としては,生カキ関連が320事例(35%)と最も高かった。事例数としては少ないが,患者規模が500人を超える事例では,学校給食が推定媒介食品であった。
現時点における糞便中のウイルス検出の標準法は電子顕微鏡法であるが,70地研中34機関(49%)でそれが実施されていた。上記908事例中602事例(66%)で電子顕微鏡観察がなされた。他の検査法を含めてウイルス検出検査が実施された事例は622件であった。このうちの360事例(58%)でウイルス種が同定され,そのうちの330事例(92%)でSRSV陽性であった。
2. 考察
食品媒介胃腸炎集団発生の特徴は,病原体暴露が1度で二次感染がないことである。この点はウイルス起因でも細菌起因でも同じであるが,前者では病原体がヒト由来であるのに対し後者では動物由来であることが異なる。
ウイルスは食品中では増殖できないので,人が摂取するウイルス量はきわめて少ない。そのわずかなウイルス量でも感染を起こすことができる。つまり感染の効率はきわめて高いといえる。一方,患者糞便中には比較的大量にウイルス粒子が排出される。電子顕微鏡で見えるということは106−7個/g以上の量であって,エンテロウイルスの場合よりはるかに多い。糞便中にはウイルスが大量にあり,かつ感染効率が良いのに,二次感染が起こりにくいのは,上下水道が整備された今の衛生状態では糞便→口の伝播の効率がきわめて悪いからである。
このような状況で人→人と伝播するためには,次のような経路が考えられる。@貝類が大量の海水を瀘過することによって,下水から海水へと拡散したウイルスが捕捉され,人がその貝を生で食べることによって感染する。この場合,ひとつの貝に捕捉されたウイルスは1種類であるとは限らないであろう。A(不顕性)感染した調理人から糞便→手指→非加熱食品→人の経路をとる。この経路で運ばれるウイルスは微量であろうが,もとの糞便中に大量にあれば感染は起こりうる。B家族内,施設内で人→人の密な接触で伝播する。噴出するような嘔吐が起こると,その吐物中のウイルスによっても施設内で感染で広がる。
しかし,下痢症ウイルスの伝播様式にはまだまだ謎が多い。今冬季の小児の感染性胃腸炎の全国的な流行(散発例の多発)はすべてSRSVによるものなのか。もしそうだとしたら,同じウイルスによるものなのか。伝播様式は何か。その答はまだない。ウイルス性胃腸炎患者に咽頭痛,咳等の風邪様症状があるかどうかもよく観察しておく必要があろう。上記調査結果では,不顕性感染の率は他のウイルス感染症に比べてきわめて低いようであったが,SRSVの不顕性感染があっても不思議ではない。それを調べるためには,無症状者の糞便・血清も採取しておく必要があろう。
電子顕微鏡法に代わる将来の簡便な検査法としては,ELISAが良いだろう。電子顕微鏡で見える量のウイルスがあればELISAで検出できる。SRSVの血清型は多数あると考えられるので,ELISAのための抗血清を作るには,多数の種類のSRSVの粒子蛋白を遺伝子工学的に発現させなくてはならない。
一方,RT-PCR法は,検体の前処理の手間,高費用,DNA産物汚染等の難点がある。しかし,ウイルス遺伝子の塩基配列の比較に必要である。食品中の,ELISAで検出できない微量のウイルスを検出しようとする目的にも必要である。検出効率の高いプライマー配列を選ぶためには,やはり多数の型のSRSV遺伝子をクローニングして,その塩基配列を決定しなくてはならない。
というわけで,電子顕微鏡法は,現状では依然としてSRSV検出の標準法である。
国立予防衛生研究所 井上 栄
*班員:沢田春美(北海道),斎藤博之(秋田),関根整治(東京),
川本尋義(岐阜),大石功(大阪),板垣朝夫(島根),山西重機(香川),
大津隆一(福岡),春木孝祐・木村輝男(大阪市),野田衛(広島市),
宇田川悦子・井上栄(予研)
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