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Vol.17 (1996/7[197])

<国内情報>
海外渡航者における法定伝染病(腸チフス,赤痢,パラチフス)の集団発生について−静岡県


 1996年3月1日〜15日の間,シンガポール,マレーシア,インドネシアを県内の大学生および引率者17名が大学サークルの学生交流のため訪問した。15日の帰国時に数名が軽度の下痢や嘔気等の症状を訴え,空港検疫所で細菌検査を受けたが,その結果は陰性であった。その後,3月28日から4月22日にかけて8名が発熱,下痢,頭痛,嘔気等の症状を呈したため病院を受診した。病院等での糞便や血液の細菌検査の結果,6名の検体からチフス菌,1名からチフス菌および赤痢菌,1名からパラチフスA菌が分離され,全員伝染病隔離施設に収容された。

 分離菌株は10株(7名分)がチフス菌,1株(1名分)が赤痢菌,2株(1名分)がパラチフスA菌と同定された(表)。また,法定伝染病菌以外にサルモネラ(Salmonella Bareilly)や下痢起因原虫(Giardia lamblia:ランブル鞭毛虫)が2名の糞便から確認された。分離菌はすべて定型的な生化学的性状を示した。分離されたチフス菌は抗H血清dおよびz66の両方に凝集が認められた。また,赤痢菌はD群ソンネ菌(I相)であった。

 薬剤感受性検査は,9薬剤(TC,CP,SM,NA,KM,ABPC,FOM,CEX,EM)について実施した。チフス菌は全株が同一パターンを示し,EM以外には感受性であった。さらに,国立予防衛生研究所に依頼したファージ型別試験では,表に示したように,5名の患者から分離されたチフス菌のファージ型は単一(D2あるいはM1)の型であったが,1名の男性から分離されたチフス菌は,血液由来菌株のファージ型はM1型であったが,糞便由来のそれはD2型であった。残りの1名の女性から分離されたパラチフスA菌のファージ型は1であった。

 今回のような複数の法定伝染病菌が検出される集団発生は,本県においては初めての経験であり,貴重な教訓となった。

 近年,県内で発生する法定伝染病は大半が海外輸入例であり,本例は学生たちが衛生状態の悪い外国において国内と同じような行動(生水,露店での飲食等)をとったことにより発生したものと推察された。数名が帰国時に体調の不調を訴え,空港検疫所の細菌検査を受けていたが,結果が陰性であったことは感染初期では菌の検出が難しく,検疫所と保健所・地方衛生研究所とが連携を密にして対応していくことが重要と考えられた。学生たちは帰国後も自由に行動したけれども,幸いにも家族等の接触者への二次感染はみられなかった。

 今後の課題としては海外渡航者への衛生知識の啓蒙と情報の提供が不可欠であり,専門家による教育指導の必要性が痛感された。



静岡県衛生環境センター 増田高志 川村朝子 寺井克哉 堀  渉 仁科徳啓


表. 法定伝染病菌等検出状況およびファージ型別試験成績





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