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Vol.17 (1996/7[197])

<国内情報>
わが国へのゴケグモ類の侵入状況とその対策


 ゴケグモ類のわが国への侵入:昨年11月〜12月にかけての大阪府および横浜市などにおけるゴケグモ類の発見は,海外貿易に伴う広範な物資の流通が外来の有毒動物を人知れず運び込む事を明確に示している。ゴケグモとはヒメグモ科に属するクモ類で,大阪府で発見されたセアカゴケグモ(Latrodectus hasseltii)や横浜市の港湾地区でのハイイロゴケグモ(L. geometricus)以外に世界中で30種以上が知られている。成体の体長(頭胸部と腹部)は雌で約1cm,雄で約0.4cm程度で,セアカゴケグモでは腹部背面に赤色の縦すじ模様があり,腹面には砂時計型の赤色紋がある。平成7年12月1日付厚生省生活衛生局の通達により各都道府県は12月〜本年1月にかけてゴケグモ類の生息調査を行った。調査人員,範囲,どの程度専門家が参加したかなど,各々の対応に今後の検討課題があるが,クモ類の同定を行うためのシステムが作られ,一応調査結果がまとめられた。それによると,セアカゴケグモは大阪府の大阪湾に面した市町村で多数発見され,その他三重県の四日市の港湾地区でも発見された。一方,ハイイロゴケグモは横浜市の本牧埠頭を皮切りに,大阪府,沖縄県,福岡県,滋賀県,東京都と東京以南の広範囲に発見され,今後分布地域の拡大が懸念される。

 ゴケグモ類の刺咬行動と毒成分:ゴケグモ類の上顎には毒腺とつながった牙がある。巣網に捕捉された小型の節足動物に粘性の高い糸を巻き付け,その後獲物に毒液を注入する。一般にゴケグモ類は臆病でヒトを積極的に攻撃する事はない。諸外国での刺咬症例は,ゴケグモ類がたまたま衣服と皮膚の間に挟まれた場合に起っている。ゴケグモ類の毒液中には遊離アミノ酸類,ヒアルロニダーゼなどの酵素類,タンパク質性の神経毒の存在が知られている。ジュウサンボシゴケグモ(L. tredecimguttatus)より分子量13万のα-latrotoxinが精製されており,現在すべての塩基配列が決定されている。これ以外に低分子の複数のペプチドの存在が知られている。当初,大阪産セアカゴケグモにはα-latrotoxinが検出されなかったと報告された。しかし,ハイイロゴケグモとセアカゴケグモの毒腺抽出物をSDS-PAGEで分析したところ,両種に共通して分子量11〜12万の2本のメインバンドが認められた。α-latrotoxinに対する単クローン抗体はこれら分子量11〜12万のメインバンドと4.5万付近のバンドを認識した事から,これらのバンドはα-latrotoxinおよびその関連タンパク質であると考えられる。

 ゴケグモ毒の毒性と治療:ゴケグモ類のもつ毒に対する感受性はネコ,ラクダ,ウマ,ネズミ類が高く,鳥類および両生類は低いなど動物の種類によって相当異なっている。また,昆虫類のイエバエは感受性が非常に高い。大阪で採集されたセアカゴケグモ成体の1匹分の毒腺抽出物をマウス(ddY 8週齢)の腹腔に注射したところ,2日以内に7匹すべてが死亡した。ハイイロゴケグモ毒のマウスへの毒性試験の結果が横浜市衛生局より公表されているが,ほぼ同様の毒性を示す結果であった。クモ1匹当たりの毒量はジュウサンボシゴケグモで120μg,ハイイロゴケグモでは50μgほどと種によって差が見られる。現在まで,大阪府や横浜市ではゴケグモ類の刺咬症例が報告されていないが,オーストラリアなどでは多数の刺咬症例がある。受傷後5分ほどで強い局所の痛みが始まり,その強さと範囲が増大していく。全身症状としては,刺咬部以外での疼痛,悪心,嘔吐,異常な発汗,倦怠,感覚異常,発熱など多彩な症状が認められており,重症例では1匹に咬まれても死亡する事がある。しかし,オーストラリアでは1956年にセアカゴケグモ毒に対する抗毒血清が開発され,それ以降死亡例はほとんど見られていない。咬まれた患者の1/5〜1/3は咬まれた事に気がつかないで上記の症状が出現する。ゴケグモ類分布地域の医療機関ではゴケグモ咬症を疑うために症状等の周知徹底が必要と思われる。なお,大阪府,横浜市,国立予防衛生研究所ではゴケグモ類の毒に有効な抗毒血清を緊急対策として用意している。



国立予防衛生研究所 昆虫医科学部:小林睦生 平岡 毅 林 利彦 倉橋 弘 安居院宣昭
細菌・血液製剤部:貞弘省二





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