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Vol.17 (1996/7[197])

<国内情報>
大阪産セアカゴケグモの毒性分析


 セアカゴケグモによる被害は,アメリカ南部からメキシコにかけてや,オーストラリアなどで報告例が多く1965年〜1973年までの間に,1,700例を超す事故が発生しており,そのうち55人が死亡したという。これらのクモの多い地域では,治療薬の血清を常備しており,血清の整備後は死亡例がない。毒素の主要成分は,麻痺や痙攣をもたらす神経毒である,α-ラトロトキシンであるとされている。そこで昨年大阪府で捕獲されたセアカゴケグモが,オーストラリア産のものと同じ毒性分を有しているか否かを検討する目的で,種々の実験を行った。なおこの研究は,サントリー生物有機化学研究所と大阪大学微生物研究所と共同で実施した。

 動物実験による中毒症状の確認:クモ1匹から摘出した毒腺から溶出させた毒液をマウス10匹に注射した結果,直後から硬直性のけいれん発作を起こし,その後1〜2時間で流涙,睾丸腫脹,歩行困難が現れ,12時間後には四肢のマヒを認める等の著明な中毒症状を現し,半数が数日後に死亡した。死亡したマウスでは皮下出血が観察され,解剖すると肺の出血が著しく,一部のマウスには肝臓にも出血が認められた。オーストラリアより入手したクモから得られた毒液についても同様の試験を実施した結果,中毒症状,剖検像ともに同様の結果が得られた。

 LD50値の算出:クモ1匹分の毒腺当たりの平均蛋白質量は21μgであり,これに基づいた1〜1/8匹分の毒量を,それぞれマウス10匹に注射しLD50値を求めた。その結果,LD50値は0.59mg/kgとなった。

 抗毒素血清の効果判定:オーストラリアから輸入した抗毒素の0.5,5,50単位を,毒素注射1時間後にそれぞれ2匹ずつのマウスに投与した結果,50および5単位の抗毒素を投与されたマウスは,投与2〜12時間後に正常に回復し,抗毒素の効果が確認された。

 電気泳動法による毒腺蛋白質の解析:SDS-PAGEを用い,大阪産クモと,オーストラリア産クモの毒腺蛋白質を解析した。その結果,両者の間には差はなく,両者にα-ラトロトキシンと同分子量(分子量13万)の蛋白質の存在が確認された。

 Western blotting法による毒腺蛋白質の抗原性の確認:Western blotting法を用い,大阪産,オーストラリア産それぞれの毒腺蛋白質のセアカゴケグモ抗毒素血清に対する抗原性について解析した結果,両者ともblotting像は同一で,抗毒素血清に対する強い反応性が認められた。

 質量分析計による解析:質量分析計(レーザーイオン源付き飛行時間型分析器)による大阪産,オーストラリア産毒素成分の分析を実施した。当初の試験では,高分子量の蛋白質成分は全く検出されなかったが,毒腺液の希釈液に改良を加え再試験した結果,分子量13万を含む高分子量のピークを検出した。また両者とも,各蛋白質を示すピーク波形は同一であった。

 神経毒作用の解析:マウスの横隔膜を横隔神経とともに単離し37℃に保温した臓器チェンバーに懸垂し,クモ毒腺抽出液を加え,横隔神経を電気刺激して発される横隔膜の張力を経時的に記録した。その結果,6分後から誘発筋張力の増大が見られ,添加後1時間25〜35分間持続したことから,セアカゴケグモの毒腺抽出液中には,神経・筋伝達に対する毒性物質が含まれ,これが神経興奮によって誘発される筋肉の収縮張力を増大させることが明らかとなった。

 以上の毒性試験および毒素蛋白質の解析から,大阪で捕獲されたセアカゴケグモは,オーストラリア産のものと毒性およびその成分について差がなく,同時にオーストラリアから輸入した抗毒素血清が有効であることが明らかとなった。このクモには攻撃性がなくおとなしいとされているが,刺咬事故発生の可能性も否定出来ないことから,医療機関や地域住民への啓蒙と,抗毒素血清整備の必要があると考えられる。



大阪府立公衆衛生研究所
木村明生 弓指孝博 木村朝昭 奥野良信





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