HOME 目次 記事一覧 索引 操作方法 上へ 前へ 次へ

Vol.17 (1996/8[198])

<国内情報>
九州で多発しているブタ蛔虫による幼虫移行症


 内臓幼虫移行症(visceral larva migrans, VLM)の最も古典的な原因はイヌ蛔虫であるが,そのほかにもいろいろな寄生虫が同様の症状を起こすことが知られている。最近我々は,高度の好酸球増多を主訴とし,肝/肺に多発性の病変を呈する患者を短期間に多数経験し,それらがブタ蛔虫による幼虫移行症であることを免疫血清診断により明らかにした。

 患者は主に50〜60歳代の中年男女で,職業は様々であるが住所は鹿児島県曾於郡および姶良郡の比較的狭い地域に集中していた。主訴は,全く症状を訴えず定期健診で偶然に好酸球増多を指摘されたものから,肝機能障害や重篤な肺炎症状を示すものまで様々であったが,ほぼ全例に高度の好酸球増多が認められた。夫婦や親子などの家族内同時発症が多いのも一つの特徴であった。

 画像診断において,肝の多発性結節病変が17例中6例に認められ,肺では浸潤影や結節影が17例中6例に認められた。肝生検が行われた3例ではいずれも好酸球性肉芽腫か好酸球性膿瘍の所見があった。Dot-ELISAによる各種寄生虫抗原を用いたスクリーニングではブタ蛔虫抗原に強い陽性反応を示し,アニサキス,イヌ蛔虫の各抗原にも中等度の陽性反応を示した。全例において検便で虫卵は全く検出されず,当初はヒト蛔虫の異所寄生が疑われたが,Ouchterlony法ならびに吸収試験の結果により,ヒト蛔虫感染ではなく,ブタ蛔虫による内臓幼虫移行症であることが明らかになった。患者の居住地は養豚業の盛んなところであり,ブタの糞尿は肥料として用いられている。この地方のブタにおけるブタ蛔虫感染率は約30%であり,国内の他の地域でも同様であると推測されることから,ブタ蛔虫による幼虫移行症は全国的に発生している可能性がある。実際,これらの症例を経験した後に,これまで当教室に検査を依頼され,ヒト蛔虫異所寄生や原因不明の好酸球増多症と診断されていた類似症例について免疫血清診断の見直しを行なったところ,さらに7例が本症として追加され,患者居住地も上記地域に限らず,九州の各地に分布していることが判明した。今後,高度の好酸球増多を伴う多発性の肝病変や肺病変に遭遇した場合には積極的に本症を考慮する必要がある。

 感染源については目下調査中であるが,豚の糞尿を堆肥として用いた畑で採れた野菜類の生食が最も強く疑われる。患者のうち1例はレバーの刺身を頻繁に食していたということで,これが感染源となっている可能性も否定できない。

 治療については,イヌ蛔虫による幼虫移行症に準じてメベンダゾール,アイバメクチンなどが用いられ,ある程度の臨床所見や検査成績の好転が確認されているが,今後さらにデータを集めて解析する必要がある。



宮崎医科大学寄生虫学 名和行文
名古屋市立大学医学部医動物学 丸山治彦
鹿児島大学医学部医動物学 野田伸一





前へ 次へ
copyright
IASR