近年増加している腸炎ビブリオのPFGEによる疫学的解析

本号特集にも触れられているように、「食中毒統計」(厚生省生活衛生局食品保健課)によれば、昨年(1998年)わが国で発生した食中毒のうち病因物質の判明したものの中では、事件数、患者数ともに腸炎ビブリオの発生がサルモネラの発生を上回っていた。また、その分離菌の血清型はこれまで主流であったO4:K8からO3:K6が多数分離されるようになってきており、このO3:K6の増加がそのまま腸炎ビブリオ事例の増加を反映しているように見受けられる。

近年増加傾向にあるO3:K6株を中心にパルスフィールドゲル電気泳動(PFGE)による解析を行った。O3:K6リファレンス株1(1)株(1962年)、CDCで1998年にヒトから分離された株10(5)株、東京都で1998年にヒトから分離された株4(2)株、青森県で1997、98年にヒト、環境、食品から分離された株8(8)株、神奈川県で1981〜98年にヒト、環境、食品から分離された株64(62)株、成田空港検疫所で1997、98年にヒトから分離された株6(6)株、タイで1999年にヒトから分離された株8(3)株、合計101(87;カッコ内はO3:K6株の数を示す)株を供試した。tdh (thermostable direct hemolysin)、trh (tdh-related hemolysin)遺伝子の検出はPCRにより行った。ウレアーゼ試験は常法通り行った。PFGEは制限酵素にNot I、Sfi Iを使用し、コレラ菌での解析と同様の手順によった(本月報Vol.19、No.5、p.99、1998参照)。

O3:K6株はNot IによってA〜Hに大別され(図1図2)、AはさらにA1〜A16 のサブタイプに分けることができた(図3)。Sfi Iによっても同様に分類することができた(図4)が、Sfi Iによって得られるパターンは300kb付近にバンドの重なりが見られた。Not IとSfi I両者での分類により矛盾の見られる株は存在しなかった。

1996年以降に分離されたO3:K6株でtdh +、trh −、ウレアーゼ−を示すものは、その由来にかかわらずすべてAグループに分類されたが、1996年以前の株はBグループに分類された。また、tdh −、trh +、ウレアーゼ+を示すものは、分離年に関係なくCグループに分類された。tdh −、trh −、ウレアーゼ−を示すものはA、B以外のそれぞれ別のグループに分類された()。

他の血清型の菌はO3:K6のものとはかなり異なるPFGEパターンを示していた。O:K血清型が同じであればほぼ同じPFGEパターンを示したが、O抗原が同じでもK抗原が異なればそのPFGEパターンもかなり異なっていた。しかしながら、最近見つかった新しい血清型O4:K68は1996年以降に分離数の増えたO3:K6株と全く同様にtdh +、trh −、ウレアーゼ−を示し、PFGEパターンもAグループに分類され(Not I-A17)、両者は遺伝的に非常によく似た菌株と考えられる(図2)。

1994〜1998年の病原微生物検出情報に報告されたO3:K6、O4:K8の割合はそれぞれ1994年1.2%、46%、1995年5.5%、18%、1996年31%、17%、1997年66%、2.1%、1998年51%、3.2%と、O3:K6の割合が徐々に増加し、1996年を境にO4:K8を逆転し、今日分離されるものの半数以上を占めるようになった(本号特集参照)。これはインド・カルカッタ伝染病院におけるサーベイランスでの傾向と非常に良く似ており、かつ東南アジアからの帰国者の分離菌でも認められる現象であり、インドでのものと同一のクローン由来である可能性が示唆されている(JCM、Vol.35、 No.12、 3150-55、 1997)。今回のPFGEによる解析において明らかになった1996年以降のO3:K6株が、東南アジア株に極めて類似の遺伝子パタ−ンを示していることは、わが国の流行株が東南アジアでの流行株と同一のクローンであるとする可能性を支持するものであった。O3:K6株による食中毒は米国においても発生しており(CDC、MMWR、Vol.47、 457-62、 1998Vol.48、 48-51、1999、本月報Vol.20、No.3、外国情報参照)、CDCから血清型別依頼のあった1998年の株についてもPFGEによる解析を行ったところ、驚くべきことに東南アジアでの流行株とほとんど同一のパターン(Not I-A1)を示していた。

さらに、これまでに見られなかった新しい血清型O4:K68型菌はすでに東南アジアで検出されており(第72回日本細菌学会総会、No.2079、松本ら)、また1998年には東京都内において食中毒および海外旅行者下痢症から分離されている(同総会、 No.2080、 尾畑らおよび本号9ページ参照)。今回我々が解析した1株は1999年にタイで分離された株であり、PFGEパターンの類似性から東南アジアでの流行株と考えられた。

以上のように、食中毒原因菌である腸炎ビブリオのPFGE解析を行うことによって、近年増加傾向のO3:K6株が過去に日本国内で発生したものとは明らかに異なること、および東南アジアでの流行株と同一と思われるクローンが日本国内において急速に広まりつつあることを明らかにした。また、O3:K6株と非常によく似たDNAパターンを示す新しい血清型O4:K68株の流行が東南アジアで起こっていることを考えると、今後これらの血清型菌に対する監視体制を強化していくとともに、新たな血清型菌の発生に対応するために血清型別およびPFGE等による遺伝子型別などの調査・研究を遂行していくことが必要である。

今回解析に供した菌株を分与いただきました青森県環境保健センター、東京都立衛生研究所、成田空港検疫所に感謝いたします。

国立感染症研究所細菌部
荒川英二 島田俊雄 渡辺治雄
神奈川県衛生研究所細菌病理部
村瀬敏之 沖津忠行 山井志朗

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