The Topic of This Month Vol.22 No.10(No.260)


疥 癬
(Vol.22 p 241-242)

疥癬はダニの一種であるヒゼンダニ(疥癬虫、 Sarcoptes scabiei )が皮膚に寄生することにより発症する。従来、 性感染症の一つとして認識されていたが、 近年わが国では、 病院、 老人ホーム、 養護施設などで集団発生の事例が増加し、 疥癬は医療および介護関係者の間で深刻な問題となっている。本特集では、 疥癬に対する検査、 治療、 集団発生の対応・予防に関する要点および問題点などの紹介により、 関係者の理解を求めるとともに、 今後の疥癬制圧への提言をまとめた。

ヒゼンダニと感染経路

ヒゼンダニの大きさは雌成虫で体長400μm、 体幅325μmで、 卵形、 円盤状である(写真1)。雄は雌の約6割の大きさである。卵→幼虫→若虫→成虫と、 約2週間で成熟する。幼虫、 若虫、 雄成虫は人の皮膚表面を歩き回っていたり、 あるいは皮膚角質層内に穴を掘ってひそんでいたり、 毛包内に隠れていたりするため、 居場所を特定するのは難しい。皮表を歩き回っている雄は角質層内の雌を探し交尾する。交尾後の雌成虫は角質層に疥癬トンネルを掘り進みながら、 寿命が尽きるまで4〜6週間にわたって1日2〜4個ずつ産卵しながら移動する。ヒゼンダニは乾燥に弱く、 皮膚から離れるとおおむね2〜3時間以内に死ぬ(本号6ページ参照)。なお、 動物の疥癬も知られており(本号7ページ参照)、 偶発的な感染でヒトにも皮膚疾患をおこすが、 ヒトの皮膚内で繁殖しないため一時的な寄生で終わる。

感染経路は人と人との接触がほとんどである。従って、 家族、 介護者、 セックスパートナーの他、 ダンスのパートナーやこたつで行う麻雀仲間、 また、 畳での雑魚寝などでも感染する可能性がある。まれに寝具、 衣類などから感染することもある。ヒゼンダニはヒトの体温より低い温度では動きが鈍く、 通常の社会生活で、 数時間並んで座った程度では感染する可能性はほとんどない。潜伏期間は約4〜6週間で、 虫体やその糞に対するアレルギー反応として痒みなどがでてくる。

集団生活が行われている老人福祉施設や養護施設などでは、 一人の感染者の入所で、 集団発生の危険性が生じる。1996年4月に大滝が東京都、 神奈川県、 千葉県、 埼玉県の養護老人ホームと特別養護老人ホーム506施設にアンケートを実施したところ(回収率64%)、 疥癬の集団発生を過去に経験したことがある施設は、 養護老人ホームでは45%、 特別養護老人ホームではさらに高値の79%であった(図1)。多くは10人以下の集団発生であったが、 41人以上も5施設あった。発生期間は1〜6カ月89%、 6カ月〜1年 8.2%、 1〜2年 2.6%で、 2年以上も1施設あった(皮膚病診療19:468、 1977)。

臨床症状と診断

激しい痒みがあり、 夜間に増強し、 睡眠を妨げられる程である。ただし、 高齢者などでは掻痒の訴えの少ない場合もある。疥癬に特徴的な皮疹は疥癬トンネル(小隆起性茶色調、 曲がりくねった線状疹)で、 手首の屈側、 手掌尺側、 指、 指間、 肘、 アキレス腱部などに認められる。その他丘疹、 小水疱、 痂皮、 小結節などもみられる。陰嚢部には小結節を認めることがある。また下腹部や背部、 腋下などにも丘疹を認めることもあるので、 全身くまなく観察することが必要である。

疥癬の確定診断はヒゼンダニを検出することである。しかし、 問診・皮膚症状で疥癬が疑われる患者からのヒゼンダニ検出率は、 皮膚科医が行った場合でも60%前後であり(図2)、 検出率向上は主治医の努力にかかっている。したがって、 強い掻痒を伴う疑わしい皮疹がある場合には早期に皮膚科専門医に診察を依頼する。検査で陰性であっても、 掻痒や皮膚症状が収まるまで数週間おいて繰り返し検査する必要がある。

ヒゼンダニの検出方法は、 疥癬トンネルや皮疹部を先の曲がった眼科用ハサミで先端を切り取ったり、 あるいはメスで皮疹の表面をこすって採取した組織片をスライドグラスに載せ、 20%水酸化カリウム液を滴下して鏡検する。虫体や虫卵のほか、 虫体の一部、 卵の抜け殻などを検出する。血液像、 血液生化学検査値は正常である。血清学的検査法は開発されていない。

角化型疥癬(痂皮型疥癬、 ノルウェー疥癬)

角化型疥癬は桁違いに多数のヒゼンダニが感染した疥癬の重症型である(写真2)。患部は肥厚した灰白色〜帯黄白色の角質増殖と痂皮に覆われた状態になり、 亀裂も生じる。ダニの数は通常の疥癬では数十匹であるが、 角化型では100万〜200万匹といわれている。患者から剥がれ落ちた鱗屑や痂皮には多数のヒゼンダニがいるので、 集団発生の感染源になる。角化型疥癬患者には高齢者に多くみられる運動機能低下・障害、 あるいは免疫学的異常など種々の基礎疾患があり、 ステロイド剤の内服・注射などの全身投与や外用なども重症化の一因となる。角化型では爪なども侵され、 掻痒は不定で治療に抵抗性である。角化型はヒゼンダニの検出が容易であるので、 特徴的な皮疹を診て疥癬を疑うことが診断上重要である。

治療と予防

現在使用されている抗ダニ薬剤をに示す(本号5ページ参照)。保険適用薬剤はイオウ剤のみであるが、 外用剤は使用感が悪く効力も弱い。イオウ入浴剤はやや有効であるが、 入浴しすぎたり、 浴槽に多く入れすぎると、 肌が荒れるので注意する。診療現場ではクロタミトン軟膏が多く使用されている。外用剤は首から下の全身に塗布するのが肝要で、 特に手や指、 陰部などに塗り残しのないようにする。しかし、 効果も弱く処置が煩雑なため、 著効する内服剤への期待が高く、 製造販売の認可・保険適用が望まれている。掻痒に対しては抗ヒスタミン剤の内服が用いられている。角化型疥癬は厚い痂皮を取ることが必要である。

疥癬を湿疹と誤診してステロイド塗布治療を行うと、 一時的に皮疹と痒みは軽減するが、 すぐに悪化してくる。ステロイド外用剤は使用してはならない。

感染拡大予防のためには患者の早期発見が重要で、 疥癬が疑われる場合早期に皮膚科に検査を依頼すること、 さらに一人の患者が見つかった場合、 患者の家族や同じところで寝泊りした人など無症状者にも検査を行うことが必要となる。また、 集団発生時は角化型疥癬患者など当該施設の感染源を特定すること、 感染の機会があった入所者・スタッフの検査を行うことが必要となる。普通の疥癬患者とは皮膚の直接接触を避ければ感染の心配はないので、 隔離は必要無いが、 角化型疥癬患者は個室管理とし、 処置をする場合は感染予防に努める(本号3ページ参照)。

今後の課題

現在まで疥癬発生に関する全国的な実態調査は皆無であり、 早急に実施する必要がある。さらに、 医師をはじめ看護者・介護者への疥癬に対する啓発を行い、 疥癬患者の早期発見・治療、 集団発生の予防に努める必要がある。また、 老人施設のみならず、 乳幼児が集団で生活する施設での集団発生や、 エイズ患者など免疫力が低下している人の疥癬にも注意を払う必要があろう。

現在、 著効する薬剤が入手困難であるため、 病院・施設などで疥癬がいったん他の患者・入所者や医療関係者・介護者へ感染拡大し始めると、 鎮静化させるのに最低数カ月を要する。さらに当該機関の信用の失墜など、 多大な損害をもたらす。このような事態を短期間に解決するためにも、 わが国でも著効する薬剤が早く疥癬治療に使用できるように関係者の努力が望まれる。

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