The Topic of This Month Vol.23 No.4(No.266)

梅毒 2001年現在

(Vol.23 p 85-86)

梅毒は古くから知られる代表的な性感染症であるが、 1943年にペニシリンによる治療が開始され、 1955年前後に患者発生は激減した。しかし、 患者が潜在化し発見されにくく、 有効な治療が患者全体に及ばないため、 制圧されることなく世界の人々を悩ませている。

1960年代半ばには日本も含め、 世界的な再流行が見られた。米国では1990年をピークとする流行が見られたが、 その後再び報告が減少している(CDC, MMWR, Vol.50, No.7, 2001)。英国ではロンドンと大マンチェスター州で1999年に患者の増加がみられ、 2001年1月からロンドンでは梅毒サーベイランスが強化されている(CDSC, CDR, Vol.12, No.5, 2002)。

病原体と感染経路:病原体はスピロヘータ科のTreponema pallidum (Tp)で、 直径 0.1〜 0.2μm、 長さ6〜20μmの6〜14旋回の螺旋状をした菌である。培地での分離培養には成功していない。通常の明視野光学顕微鏡では視認できず、 パーカーインク染色や暗視野顕微鏡で観察できる。1998年に全ゲノムのDNA配列が決定された(Science 281:375-388, 1998)。現在までTpのペニシリン耐性株は出現していない。梅毒抗体測定はTp抗原を用いる方法とカルジオリピン抗原を用いる方法の2種類に大別される(3ページ4ページ参照)。

主として性的接触または類似の行為により粘膜や、 皮膚の小さな傷からTpが侵入して感染が起こる。感染者の血液中にはTpが存在し、 さらに早期の感染者の皮膚・粘膜(無自覚な肛門部・咽頭などの病変も含む)の患部からの滲出液などにTpが排出されており、 これらが感染源となる。Tpは生体外では死滅しやすく、 日常生活で少数の菌に間接的に接触しても感染しないが、 医療関係者は多量の菌を含む感染源に直接接触しないよう、 特に針刺し事故などに注意する。輸血による感染は、 現在全献血血液のスクリーニングが行われているため、 全く報告がない。しかし、 血清抗体陰性の潜伏期の無症状感染者からの新鮮血を用いた緊急輸血などで感染する可能性はある。これら以外に、 感染妊婦から胎児への母子感染があり、 流産、 死産、 先天梅毒を生じる。先天梅毒の場合は胎盤、 臍帯、 羊水、 児の鼻汁中にTpが多数存在するので、 それらの処理に注意が必要である。分娩時の産道感染も存在する。

患者発生動向:日本では1950年に性病予防法による梅毒患者届出が開始され、 1981〜1987年に患者報告の増加が見られたが、 その後の減少はエイズパニックの影響といわれている(図1)。

1999年4月からは感染症発生動向調査の全数把握4類感染症に定められた。診断した医師は7日以内に最寄りの保健所に届け出る。届け出は病期により早期顕症梅毒(I期梅毒、 II期梅毒)、 晩期顕症梅毒、 無症候梅毒、 先天梅毒、 の四つに分類する(3ページ8ページ参照)。1999年4〜12月に735例、 2000年1〜12月769例(人口10万対0.61)、 2001年1〜12月581例(人口10万対0.46)、 計2,085例が報告された。うち早期顕症が754例(I期342例、 II期412例)、 晩期顕症131例、 無症候1,177例、 先天性23例であった。男1,385例、 女700例で、 早期顕症と晩期顕症ではより男性の割合が大きい(図2)。都道府県別では、 大阪、 東京、 福岡、 兵庫で全国の報告数の47%を占め、 早期顕症でも大阪と東京が目立つ(表1)。患者の年齢は幅広く、 早期顕症では25〜29歳をピークに若年成人が多い(図3)。無症候者は他の性感染症罹患による受診時、 献血、 妊婦健診、 手術前の検査などの機会に梅毒抗体検査を受け発見されるものが多いと考えられる。ちなみに、 2001年1〜12月の献血件数5,774,269中TPPA法による抗体陽性件数は11,309(約0.2%)であった(日本赤十字社)。高齢者で無症候の報告が特に多いのは、 老人福祉施設入所時の検査などで判明するためと考えられる。

予防対策:予防には、 不特定多数の人との性的接触を避けることが必要である。コンドームの使用は効果が高いが、 若者のコンドームの使用率が低いことが指摘されているので(1999年度厚生省HIV感染症社会疫学研究班、 本月報 Vol.21, No.7参照)、 今後の感染者の増加に注意が必要である。経口避妊薬は性感染症を予防できないので、 性感染症予防のためにはコンドームを必ず使用することを、 若者に教育する必要がある。先天梅毒は胎盤が形成される妊娠16週以降の胎児へのTp感染で増加するので、 先天梅毒予防のためには、 妊娠早期に妊婦健診を受け梅毒抗体検査をするように妊娠前から指導することが重要である。また、 梅毒は軟性下疳、 単純疱疹とともに陰部潰瘍の3大原因の一つであり、 HIVなど他の性感染症の感染リスクを高めること、 HIV感染に梅毒が合併した場合重症化する例があること(本号7ページ参照)、 またオーラルセックスやアナルセックスでも感染すること、 梅毒抗体陽性者でも再感染が起こることを認識させるため、 医師は患者の教育に努めるべきである。

問題点:1998年に実施された性感染症定点(約600の医療機関)からの梅毒様疾患患者報告数(897)は、 性病予防法による同年の梅毒届出患者数(553)を上回った。厚生省「本邦における性感染症に関するセンチネル・サーベイランス施行の基礎的検討」研究班の報告では7道県(北海道、 岩手、 茨城、 愛知、 兵庫、 広島、 福岡)における1998年の年間罹患率は人口10万対3.6と推定された。感染症法施行後の患者数もかなり過小報告と考えられ、 相当数の患者が潜在していることが推定される(本号5ページ参照)。感染症対策の基礎資料となる発生動向把握のためには、 医師に対し全数届け出疾患の意義を啓発する必要がある。

確定診断の基本は病原体の検出であるが、 病巣部から顕微鏡でTpを検出できる期間は短く、 実際には臨床症状と血清抗体検査で診断される場合が多い(3ページ4ページ参照)。抗菌薬による治療開始後すぐにTp検出は困難となり、 感染性は失われると考えられるが、 治癒判定は抗体価の低下を見る必要があるため長期間を要する。抗体陽性者がまだ病原体を保有していて他者への感染性を有しているのか、 あるいは、 既に治癒していて感染性は消失しているのか、 を明らかにできる検査法の開発が望まれる。

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