The Topic of This Month Vol.24 No.5(No.279)

流行性耳下腺炎(おたふくかぜ) 1993〜2002年

(Vol.24 p 103-104)

流行性耳下腺炎は、 パラミクソウイルス科のムンプスウイルスによる感染症で、 耳下腺部のびまん性腫脹(両側あるいは一側)、 疼痛、 発熱を主症状とし、 小児期に好発する。予後は一般に良好であるが、 無菌性髄膜炎、 睾丸炎・卵巣炎、 膵炎など種々の合併症を引き起こすことがあり、 時に高度難聴などの後遺症を残す。飛沫感染、 または唾液との直接接触により感染する。潜伏期は通常16〜18日間で、 発症数日前から耳下腺腫脹が消失するまでの間は感染性を有する。不顕性感染も多く、 患者だけでなく不顕性感染者もウイルスを排泄し、 感染源となりうる。

耳下腺腫脹があれば、 診断が容易であるため、 ウイルス分離検査が行われることは少ない。しかし、 耳下腺腫脹を来たさずに無菌性髄膜炎を発症することもあり、 エンテロウイルスなど他の病原体との鑑別のため、 血清診断やウイルス分離が必要とされる。

流行性耳下腺炎患者図1に感染症発生動向調査による小児科定点からの流行性耳下腺炎患者報告数を示す。これまで1982〜83、 1985〜86、 1988〜89年と3〜4年周期で流行がみられていたが、 1989年4月から定期接種として麻しんワクチンの代わりに麻しん・おたふくかぜ・風しん混合(measles・mumps・rubella:MMR)ワクチンを選択することが可能となり、 1990年〜1993年前半までは定点当たり患者報告数1.0未満の低値で推移した。しかし、 MMRワクチンは接種後の無菌性髄膜炎の多発により1993年4月に接種が中止された(本月報Vol.15、 No.9参照)。その後、 1993年後半〜1994年、 1996〜98年と再び流行がみられたが、 2.0を超える大きな流行とはならなかった。2000年後半より患者数が増加し、 2001年第28週をピークに2.0を超える大きな流行となり、 2002年前半まで1.0以上で推移した。2002年第35週以降、 2003年第13週現在までは1.0未満で推移している。定点医療機関からの年間患者報告数は、 2000年132,877人(定点当たり44.62)、 2001年254,711人(84.37)、 2002年182,663人(60.32)である。厚生労働省研究班によれば、 全国での罹患者の推計は2000年117万人(95%信頼区間:111〜124万人)、 2001年226万人(215〜236万人)とされている[永井正規「感染症発生動向調査に基づく流行の警報・注意報および全国年間罹患数の推計−その3−(平成15年3月)」・平成14年度厚生科学研究、 主任研究者:岡部信彦]。

報告患者の年齢は(図2)、 1993年から2、 3、 4歳の各年齢が若干増加し(本月報Vol.15、 No.9参照)、 1996年以降は4歳以下の占める割合が45〜47%と、 大きく変わっていない。0歳は少なく、 年齢とともに増加し4歳が最も多い。続いて5歳、 3歳の順に多く、 3〜6歳で約60%を占めている。

地域別患者報告数は、 1994年流行時は九州・沖縄地方で多く、 1996〜98年の流行では、 1996年に北海道、 東海・北陸地方で、 1997年には引き続き東海・北陸地方と九州・沖縄地方へと広がり、 1998年は東北、 中国・四国地方へと広がった。2000〜2002年の流行では(図3)、 2000年は山口県、 熊本県で多く、 2001年には九州全域と沖縄県、 北陸・信越地方を中心に増加し、 福井県(222.27)、 石川県(213.00)で特に多かった。2002年には東北地方で増加がみられた。

ムンプスウイルス検出数:1993年1月〜2002年12月の地方衛生研究所からのムンプスウイルス検出報告は1,728例であった(2003年3月25日現在報告数)。ワクチン関連例49を除く1,679例の診断名別月別検出数を図4に示した。臨床診断名は流行性耳下腺炎が778例、 無菌性髄膜炎が549例であった。無菌性髄膜炎患者からのムンプスウイルス検出数をみると、 1999、 2000年にそれぞれ34、 56件報告され、 2001年は110件に増加した。2002年は71件の報告であった。2002年は前年に比べ流行性耳下腺炎患者からの検出が増加している。 1,679例の検出材料は、咽頭ぬぐい液1,086、 髄液620、 尿6、 糞便3、 喀痰1で、 咽頭ぬぐい液からの検出が過半数を占めていた(異なる材料から重複して検出された例を含む)。診断名別にみると、 流行性耳下腺炎例では咽頭ぬぐい液729、 髄液83など、 無菌性髄膜炎では髄液455、 咽頭ぬぐい液119などで、 臨床診断名により材料は大きく異なっていた。

おたふくかぜワクチン:日本では1981年から任意接種として開始された。当初用いられていた占部株が無菌性髄膜炎の多発により使用されなくなり、 現在は鳥居、 星野、 宮原株が使用されている。抗体陽転率は90〜98%である(本号3ページ参照)。ワクチン接種後無菌性髄膜炎の合併は現在わが国では2〜12万人に1人であるが、 ムンプスウイルス自然感染時の髄膜炎合併率は約4〜6%であり、 髄膜脳炎の合併も認められる。米国では、 自然感染による髄膜脳炎はワクチン導入によりその報告は稀となっている。また、 喜多村らの2001年全国調査によると、 自然感染に合併する急性高度難聴は年間推計650名(95%信頼区間:540〜760)であり(本号5ページ参照)、 田村は両側性高度感音性難聴を合併し、 人工内耳挿入術を必要とした症例を報告している(本号5ページ参照)。多くの難聴例が改善困難であることから、 早急なワクチン接種率の向上が望まれる。わが国のおたふくかぜワクチン生産量は、 当初より年間約40万人分であり、 麻しんワクチン定期接種時にMMRワクチンの選択が可能になった1989〜1993年も生産量は変わらず、 1997〜2000年は40〜50万人分が生産されている。麻しんワクチンの生産量が年間約140万人分であることから、 約1/3の接種率であることが予想される。平岩らによると、 戸田市の3歳児健診時ワクチン実施率は30%前後である(本号4ページ参照)。感染症流行予測調査によると定期接種時のMMRワクチン選択率は約20〜30%であり、 1989〜1993年の接種率は現在の約2倍弱であったことが推定される。MMRワクチン接種世代が流行の中心年齢であった1990年代の患者数は前後の時期に比して少なく、 ワクチン接種率の上昇が流行抑制に貢献していたと考えられる。

ムンプスウイルスの変異:2000〜2002年に自然感染患者から分離されたムンプスウイルス株は1989年以前の国内分離株とは別の遺伝子亜型であり、 抗原性が変わりつつある。しかし、 ワクチン株と2002年に分離された株間に中和抗原の違いはなく(本号7ページ参照)、 流行株の抗原性の変異は起こっているが、 現行のワクチン株で現在の流行株の感染予防は可能であると考えられている(本号3ページ参照)。このような遺伝子亜型の入れ替わりは世界規模で起きているため、 今後も調査継続が必要である。

現在のワクチン接種率はMMRワクチン導入前と同等であることが予想され、 再びMMRワクチン導入前の流行状況に逆戻りすることも予想される。流行性耳下腺炎は一般的に予後良好であるが、 無菌性髄膜炎合併率の高さ、 高度難聴合併例を考えると、 ワクチンによる予防が早急に必要な疾患である。

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