The Topic of This Month Vol.24 No.7(No.281)

日本脳炎 1999〜2002

(Vol.24 p 149-150)

日本脳炎は日本脳炎ウイルス(JEV)を媒介する蚊であるコガタアカイエカの刺咬によって感染する重篤な急性脳炎である。日本脳炎は、 1999年4月に施行された「感染症の予防および感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)」に基づく感染症発生動向調査において全数届け出義務のある4類感染症とされ、 患者サーベイランスが実施されている。また、 感染症流行予測調査において、 ヒト抗体調査(感受性調査)およびブタ感染調査(感染源調査)が実施されている。本特集では、 感染症法施行後(1999〜2002年)の日本脳炎発生状況について述べる(1998年までの発生状況については本月報Vol.20、 No.8を参照)。

患者発生状況:日本脳炎患者数は1950年代には小児を中心に年間数千人であった(図1)。1966年には55歳以上の高年齢層をピークに 2,000人を超える患者がみられた(緒方、 臨床とウイルスVol.13、 No.2、 150-155、 1985)。1967〜76年に特別対策として小児のみならず高齢者を含む成人に積極的にワクチン接種が行われた結果、 患者は急速に減少し、 1980年代は年間数十人、 1992年以降は一桁の報告となった。

1999〜2002年の4年間に日本脳炎患者は、 合計25例報告された。患者の発症日は(図2)、 7月12日(2001年愛媛県)が最も早く、 11月1日(2002年大阪府)が最も遅かった。地域別にみると(図3)、 すべての患者が中部以西で発生しており、 九州8例、 四国5例、 中国9例、 近畿2例、 北陸1例であった。県別では、 広島県および高知県で各3名が報告された。特に2002年には、 中国地方で計6例(広島県3例、 鳥取県1例、 岡山県1例、 島根県1例)の患者発生が確認された。患者は男性12例、 女性13例と男女ほぼ同数で、 年齢は、 55歳以上が80%(20例)を占め、 10代2例、 30代1例、 40代2例であった(図4)。従来、 届け出患者の確認に用いられていた日本脳炎患者個人票が、 感染症法施行に伴い廃止されたため、 患者のワクチン接種歴や予後についての情報は得られていない。

ヒト抗体調査:JEV抗体保有状況は最近では2000年に10都府県約2,000人を対象に調査されている(図5)。中和抗体価10以上の中和抗体保有状況を年齢別にみると、 抗体保有率は0〜4歳で約40%、 5〜29歳では約80%である。30〜59歳では約50%であるが、 60歳以上では再び80%を超える。1994年調査(本月報Vol.20、 No.8参照)に比べ0〜60歳未満の抗体保有率が10〜20%低下している。

現在日本脳炎ワクチンは、 定期接種として標準的スケジュールでは一期は3歳で初回免疫を2回、 4歳で追加免疫を1回、 二期は9〜12歳で追加免疫を1回、 三期は14〜15歳で追加免疫を1回接種されている。以前は集団接種が行われていたが、 予防接種法改正により1995年以降個別接種となった。14歳以下についてワクチン接種歴別に抗体保有率を比較すると、 ワクチン接種者は非接種者より抗体陽性率が高い(図5a)。抗体陽性者の幾何平均抗体価はいずれの年代でも32を超えている(図5b太線)。14歳以下の平均抗体価は、 ワクチン接種者の方が非接種者より高い。近年日本脳炎患者は高齢者が多いが、 抗体陽性率や平均抗体価で見ると、 60歳以上が他の年代に比べて特に低いわけではない。

ブタ感染調査:ブタはJEVの増幅動物であることが知られている。1965年以降地方衛生研究所が夏季に屠場に集められるブタ(生後5〜8カ月)の日本脳炎HI抗体陽性率と2ME感受性抗体(IgM抗体)の検出により当該年の新規感染率を調べ、 JEVの侵淫状況の指標としている(図6)。1960年代に比べるとブタが抗体陽性となる時期は遅くなっているようであるが、 最近では沖縄においては毎年5月頃、 それ以外の西日本各県では7月頃からブタの新規感染が認められる。2002年にはブタの抗体陽性確認地域は月とともに北上し、 2002年には調査された32都道府県中22が9月までに抗体陽性率50%以上となった。ブタの抗体陽性率が高い地域で2002年の患者が発生していることがわかる(最新のブタ情報は感染症情報センターホームページhttp://idsc.nih.go.jp/yosoku/index.htmlを参照)。

ウイルス分離:2002年に広島県で発生した患者3例中2例からJEVが分離され、 うち1株はワクチン株と同じ遺伝子型III型であった(本号4ページ参照)。しかし、 2002年に香川、 三重、 静岡、 千葉の4県のブタから分離された日本脳炎ウイルスは遺伝子型I型であり、 互いに高いホモロジーを示した(本号5ページ参照)。ちなみに1998年に石川県で蚊から分離されたウイルスはIII型で、 現在日本ではI型とIII型が混在していると考えられ、 患者、 ブタ、 蚊からウイルス分離を行い、 ウイルスの動向を監視することが重要である(本号5ページ参照)。

おわりに:1970年代初めまで年間百人以上であった日本脳炎患者数は、 1992年以降1998年までは年間4人を超えなかった。この主な原因として、 以下の3点があげられる。(1)小児への日本脳炎ワクチン接種により、 小児のほとんどがJEV に対して防御免疫を獲得したこと、 (2)コガタアカイエカが増殖する水田の減少や、 稲作方法の変化により、 コガタアカイエカの数が減少したこと(上村、 Med. Entomol. Zool. Vol.49, No.3, 181-185, 1998)、 (3)増幅動物であるブタの飼育環境が変わり、 ブタが人の居住地から離れて飼育されるようになったため、 コガタアカイエカが感染ブタを刺咬し感染したとしても、 人の居住地まで飛来し人を刺咬する機会が減少したこと、 である。しかし、 1999〜2002年は年間5〜8人と微増傾向にあった。さらに、 近年の傾向である老人における発生だけでなく、 小児や壮年期の患者が発生している。また、 和歌山県では11年ぶり、 広島県では12年ぶり(本号4ページ参照)、 石川県でも17年ぶりと、 最近患者発生がなかった地域での発生がみられた。富山県での調査ではコガタアカイエカの発生時期と発生数は年により異なることが示されている(本号7ページ参照)。患者発生がない地域でも、 抗体陽性ブタが観察されていることから(図6)、 JEV感染蚊は、 毎夏北海道を除く日本各地に存在すると推察される。したがって、 夏季に原因不明の脳炎・脳症が発生した場合には、 日本脳炎は過去の疾患と考えず鑑別診断の項目に加える必要がある。さらにJEVと近縁のウエストナイルウイルス(WNV)の感染も考慮に入れる必要がある。ちなみに2002年以降、 日本脳炎と報告された患者7例について国立感染症研究所ウイルス第一部でWNVの病原体・血清診断も行ったが、 結果はいずれも陰性であった。

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