SARS:感染症情報センターの取り組み

(Vol.24 p 250-251)

国立感染症研究所・感染症情報センターでは、 普段より世界保健機関(WHO)、 米国疾病管理予防センター(CDC)、 英国PHLSなど国際機関や、 主要国の感染症対策機関と協力関係を築き、 世界における感染症の情報について公式、 非公式な情報を収集し、 評価、 広報するとともに、 WHOのGlobal Outbreak Alert and Response Network(GOARN)のPartner として国際的な感染症対策に協力している。重症急性呼吸器症候群(Severe Acute Respiratory Syndrome: SARS)に対する対応は、 当初より国際的な問題として発生したため、 情報センターにおける対応も、 これらの普段からの活動の延長線上で開始されたが、 規模が拡大するとともに、 情報センター全員動員体制となり、 実地疫学専門家養成コース (FETP-J)も含めたSARS対策チームを組織して、 この世界的な脅威に取り組んだ。

1.国際的な情報収集と国内への提供

日本はインフルエンザの研究においてWHO と密接な協力体制にあるため、 2002年11月の中国における非定型肺炎多発時から事態の推移に注目し、 積極的に情報を収集するとともに協力体制の強化を図っていた。これは2003年2月19日に香港において、 福建省へ旅行していた家族3名のインフルエンザ様疾患患者からA/H5N1型のインフルエンザウイルスが検出されたことより、 さらなる警戒態勢に入っていた。そして、 3月5日、 ベトナムハノイ市で医療従事者の呼吸器症候群の多発に続いて、 3月7日香港においても同様の事態が伝えられ、 3月12日WHOが原因不明の呼吸器症候群の多発について、 世界に向けて警報(Global Alert)を発した後より、 国内への情報提供体制の準備を行い、 3月15日にWHOが世界的な旅行勧告を発した翌週より、 厚生労働省との協調の下、 感染症情報センターのホームページ(http://idsc.nih.go.jp/index-j.html)上に設置した「緊急情報:重症急性呼吸器症候群(SARS)」のページで開始した。ここではWHOからの公式発表を翻訳するとともに、 記事によっては補足説明を加え、 3月17日のWHOの最初のアップデートに始まり、 7月7日の「アップデート96」に至るまで連日続けられた。その後も終了したわけではなく、 時折の更新情報に対応し、 現在の今冬の対策に引き続いて行っているものである。

このような公式情報と上述のGOARNあるいは世界各国とのCommunicationにより得られた情報は、 関係機関に提供するとともに、 本邦における対策のための技術資料へと作り替えられ、 厚生労働省(厚労省)により開催された地域ごとの講習会において活用するとともに、 伝達講習のための資料として提供された。

2.国内における対策の技術支援

日本国内の患者サーベイランスは、 3月16日にWHOの症例定義に基づき、 厚労省より症例報告のための通知が出ている。この時点ではSARSは、 原因不明であり、 症状は極めて非特異的で臨床診断が難しく、 また早期に診断できる検査方法もなかったことから、 臨床症状、 所見、 疫学的リンクによって決められた症例定義に基づいて、 症候群サーベイランスが行われた。このようなサーベイランスでは、 SARS以外の原因で同様の症状の疾患を示すものが多く紛れ込んでいる可能性があるが、 もしSARSであれば十分な感染防御対策をとることが要求されるため、 臨床現場ではその判断に迷うことが予想された。

そこで、 情報センターでは、 厚労省との協調により、 特に医療機関や地方行政の保健担当部局からの質問に答えるべく体制を整え、 日々の電話あるいは電子メールでの問い合わせに対応し、 また、 よく聞かれる質問に対しては、 FAQを作成して、 上述のホームページに掲載した。また、 WHOでは、 世界標準ともいえる、 患者の管理指針あるいは退院指針などを次々に発表していたが、 特に判断に迷う症例などの管理などを補足するために、 日本独自の指針を作成して、 ホームページに掲載した。これには、 基本的な患者管理、 外来での対応などから、 消毒薬の選択、 職場や家庭などにおける消毒方法など多岐にわたって作成することが要望された。SARSの病原体が新種のコロナウイルスによることが明らかになり、 本邦においてSARSコロナウイルスの検査が可能になってからは、 当研究所のウイルス第3部と協力して、 大量の検査依頼に対応するために、 情報センターは事務局の役目を負い、 地方自治体とウイルス第3部との調整を行っていたが、 これに関連して、 SARSの検査指針や実験室におけるバイオセイフティなどの指針も含められた。これらの情報は、 WHOによる頻回のアップデートに対応し、 また、 米国やカナダ、 シンガポールなど各国での対策状況やガイドラインも取り入れていくに至った。

国内でのサーベイランスが軌道に乗り、 地方自治体から厚労省に報告されるSARS疑い例、 可能性例の情報が厚労省より情報センターに提供されるようになった後は、 これら情報を電子化し、 検査情報とのリンクを行い、 本邦におけるSARSが疑われる患者のデータベースを構築した。

SARS伝播確認地域からの来訪者がSARSを発症し、 国内を旅行した事例においては、 厚労省に設置されたオペレーションセンターに対して技術的な支援を行うとともに、 現場での疫学調査マニュアルを作成し、 関係自治体からの要請に基づき、 FETPを中心にして調査スタッフを派遣し、 実地疫学調査に協力した(本号18ページ参照)。

3.国際的な対策への技術支援

SARSの流行はアジア地域が中心であり、 WHOのなかでもWestern Pacific Regional Office(WPRO)地域での流行が大きかったため、 情報センターでは、 GOARNあるいはWPROからの要請に対応する形で、 香港とマニラにのべ5名のスタッフを派遣し、 香港では実際の疫学調査や院内感染対策の支援(本号15ページ参照)、 マニラではWPRO地域でのデータ解析やガイドラインの作成について協力を行った。またこういった協力を通して様々な情報も同時に入手することができ、 国内での対応へ反映させることができた。

3月中旬〜7月初めまで活動した情報センターSARS対策チームは、 7月7日一応の解散にこぎ着けたが、 このうち約3カ月間はほとんど全員体制で対応せざるを得ない状況であり、 SARS以外の業務はほぼ停止状態であった。危機管理対応においてもっとも重要なものはやはり人材であり、 今後一層の人材育成と組織力の強化が必要と考えられた今回の経験であった。

国立感染症研究所
感染症感染症情報センター・SARS対策チーム

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