1.流行の概要
2005/06シーズンは、全国のサーベイランスネットワークから5,246株のウイルスが分離された。流行の主流はAH3亜型で全分離数の65%を占め、次いでAH1亜型が25%、B型が10%であり、3種類のウイルスの混合流行であった。
A/H1N1ウイルスは、2002/03シーズン以降の2シーズンは流行がなかったが、前シーズンから少数が分離され、2005/06シーズンは分離数がさらに増えて全分離株数の4分の1を占めた。
流行の主流を占めたA/H3N2ウイルスは、2005年夏季の非流行期から一部の地域で散発的な発生がみられ、9、10月にもごく少数ながらウイルスが分離された。これら分離株は、2004/05シーズンの主流行株であったA/California/7/2004 類似株とは抗原性が異なり、この抗原変異株が2005/06シーズンの主流行株となった。
前シーズン主流であったB型の流行規模は今シーズンは小さく、分離株の多くは3月以降に分離され、沖縄県や岩手県など数県では6月に入っても学級閉鎖や学校閉鎖を伴う散発的な流行がみられた。また、前シーズンのB型分離株の99%は山形系統であったが、2005/06シーズンに分離されたB型はすべてVictoria系統株であった。この傾向は近隣アジア諸国においても同様であり、欧米諸国でも当該シーズンの後半にはVictoria系統株が大半を占め、B型の流行は世界的にも山形系統からVictoria系統への移行が見られた。
2.ウイルス抗原解析
2005/06シーズンに全国の地方衛生研究所(地研)で分離されたウイルス株は、各地研において、国立感染症研究所(感染研)からシーズン前に配布された抗原解析用抗体キット[A/New Caledonia/20/99(A/NC20、H1N1) 、A/New York/55/2004 (A/NY55、H3N2) 、B/Shanghai(上海)/361/2002(山形系統)、B/Brisbane/32/2002(Victoria系統)]を用いた赤血球凝集抑制(HI)試験によって、型・亜型別同定および抗原解析が行われた。感染研ではこれらの成績をもとにして、HI価の違いの比率が反映されるように選択した分離株(分離総数の約5%に相当)および非流行期の分離株や大きな抗原変化を示す分離株について、A/H1N1ウイルスは5種類、A/H3N2ウイルスは7〜10種類、B型ウイルスは7〜9種類のフェレット参照抗血清を用いて詳細な抗原解析を行った。
1)A/H1N1ウイルス:2005/06シーズンにはAH1亜型ウイルスは全国で1,336株分離された。感染研で解析した分離株の94%はワクチン株であるA/NC20と抗原性が類似していたが、抗原変異株も少数みられた(図1)。これら変異株の多くはHA蛋白の抗原領域Bにあたる140番目のアミノ酸に置換が見られ(K140E)、さらに、一部の株は2003年の分離で別系統の代表株A/Peru/2223/2003に見られるアミノ酸置換K140E、D186Nをもち、抗原性もそれに類似していた(表1)。
諸外国においても同様にA/H1N1ウイルスの流行が拡がる傾向がみられたが、分離株の大半はA/NC20類似株であるものの、変異株も10〜20%程度見られてきている。一方、2001/02シーズンに出現した遺伝子再集合体であるA/H1N2ウイルスは世界中のどの地域からも分離されなかった。
2)A/H3N2ウイルス:2005/06シーズンにはAH3亜型ウイルスは全国で3,400株分離されたが、感染研で解析した238株のうち79%は前シーズンのワクチン株A/NY55からHI試験で4倍以上の違いがみられた。一方、67%の分離株はA/NY55からHI試験で4〜8倍抗原変異したA/Wisconsin/67/2005および10月に広島県で分離されたA/Hiroshima(広島)/52/2005(IASR 26: 341, 2005)に対するフェレット感染血清とよく反応し(図2、表2)、流行の主流はA/Wisconsin/67/2005およびA/Hiroshima(広島)/52/2005類似株であった。また、これら主流行株と抗原性が類似した株は2005年7月に既に沖縄県で分離されていたことから(IASR 26: 243-244, 2005)、非流行期における株サーベイランスの重要性が再認識された。
諸外国では、2005/06シーズン初めはA/California/7/2004やA/NY55類似株が多かったが、分離株の増加とともにA/Wisconsin/67/2005 類似株が増え、シーズン後半は主流となった。
3)B型ウイルス:B型インフルエンザウイルスには、B/Yamagata(山形)/16/88に代表される山形系統とB/Victoria/2/87に代表されるVictoria系統がある。2003/04から2シーズンは山形系統がB型分離株の99%を占めていたが、2005/06シーズンの分離株(510株)はすべてVictoria系統であった。感染研で解析した分離株の83%は代表株B/Brisbane/32/2002に対する高度免疫血清とは反応性が低いことから、これと抗原性が類似するB/Hong Kong(香港)/330/2001類似株から抗原性が大きく変化していることが示された(図3)。このことは、分離株の大半は今シーズンのMDCK細胞分離株で作製した抗B/Hiroshima(広島)/1/2005フェレット感染血清とよく反応していることからも示唆された(表3)。
最近のVictoria系統株は孵化鶏卵で分離するとMDCK分離株がもつ197-199番目のアミノ酸の糖鎖付加部位が失われ、それを抗原として作製したフェレット感染血清は元株のMDCK分離株と反応しなくなる傾向が見られている。このことから、表3に示した結果は、2006シーズン南半球のB型ワクチン株であるB/Malaysia/2506/2004抗血清との反応性は低い。しかし、B/Malaysia/2506/2004株は抗B/Hiroshima(広島)/1/2005血清とホモ価と同程度に反応すること、および遺伝的にも両者は極めて類似していることから(図8、図9)、今シーズンの主流であるB/広島類似株はB/Malaysia/2506/2004 とも抗原的に類似していると判断された(図3、表3)。
欧米諸国や南半球諸国においては、前シーズンからVictoria系統株は山形系統株と同程度の流行がみられていたが、冒頭で記載したように、2005/06シーズンには地球規模でB型の流行はVictoria系統へ移行した。各国の流行株の大半はB/Malaysia/2506/2004類似株であったが、抗原変異株も若干みられている。
1)A/H1N1ウイルス:HA遺伝子の系統樹は、ワクチン株A/NC20に対してアミノ酸置換T82K、R145K等をもつ群とY252Fをもつ群に大別された(図4)。2005/06シーズンの分離株は前者の群に属するものが多かったが、両群には抗原性の違いはみられなかった。抗原変異株に多くみられたK140Eのアミノ酸置換をもつウイルス株(●印)は両群に分布し、そのなかで小グループを形成する傾向がみられた。一方、NA遺伝子の系統樹では、アミノ酸置換D381Nをもつ群とE332K 、N450Dを持つ群に大別され、前者はHA遺伝子のT82K、R145K群と、後者はHA遺伝子のY252F群と対応していた(図5)。すなわち、HA、NA遺伝子のそれぞれ異なる2グループのウイルス株が流行していることが示唆された。
2)A/H3N2ウイルス:HA遺伝子の系統樹では、2005/06シーズンの分離株の多くは、ワクチン株A/NY55に対してアミノ酸置換S193Fをもつ一群を形成した。一方、前シーズンに小グループを形成したN145S 群に属する分離株も少数ながらみられた(図6)。2006/07シーズンのワクチン株に選定されたA/Hiroshima(広島)/52/2005の抗原変異株は両群に散在していたが、G78D、D188Y 、G275Vの各分枝に多くみられる傾向があった。NA遺伝子の系統樹は、93番目のアミノ酸を指標にして分類することができ、HA遺伝子の系統樹上で多数を占めたS193F群の分離株はすべて93N群に属していた(図7)。すなわち、前シーズンのワクチン株A/NY55から遺伝的に異なるグループに入る株が流行の主流であった。
3)B型ウイルス:B型ウイルスは前述したように山形系統とVictoria系統に大別される。HA遺伝子の系統樹では、2005/06シーズンに流行したVictoria系統の分離株のほとんどは、B/Malaysia/2506/2004およびB/Hiroshima(広島)/1/2005に代表される一群(K80R群)に分類された(図8)。一方、NA遺伝子の系統樹は42番目のアミノ酸を指標にして4つの群に分類することができ、2005/06シーズン分離株の多くは42S、42P群のいずれかであった(図9)。なお、2005/06シーズンは山形系統株が国内で全く分離されなかったので、山形系統の系統樹の掲載は割愛する。
以上の国内外の流行株の解析結果およびWHOから推奨された2006/07シーズン北半球用ワクチン株(WER 81: 82-86, 2006およびIASR 27: 126, 2006)、さらには国民の抗体保有状況、ワクチン製造候補株の適性などの総合的な検討に基づいて、わが国の2006/07シーズンのワクチン株としてA/New Caledonia/20/99 (H1N1)、A/Hiroshima(広島)/52/2005 (H3N2)、B/Malaysia/2506/2004が選定された(IASR 27: 267-268, 2006)。
本研究は「厚生労働省感染症発生動向調査に基づくインフルエンザサーベイランス」事業として全国76地研と感染研ウイルス第3部第1室(インフルエンザウイルス室)との共同研究として行われた。また、本年度からは独立行政法人製品評価技術基盤機構との共同研究として「インフルエンザウイルス遺伝子の大量解析に関する事業」が開始された。本稿に掲載した成績は全解析成績の中から抜粋したものであり、残りの成績は既に感染症サーベイランスシステム(NESID)の病原体検出情報システムで各地研に還元された。また、本稿は上記研究事業の遂行にあたり、地方衛生研究所全国協議会と感染研との合意事項に基づく情報還元である。
国立感染症研究所ウイルス第3部第1室/WHOインフルエンザ協力センター
独立行政法人製品評価技術基盤機構