感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律等の一部を改正する法律(平成18年法律第 106号)は、2006(平成18)年12月8日に公布され、2007(平成19)年4月1日からその一部が、同6月1日から全面的に施行されている。今回の改正は、病原体等の管理体制の確立、感染症の分類の見直し、結核予防法を廃止して感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(以下「感染症法」という)及び予防接種法に必要な規定を整備した上での統合、人権を尊重するという基本理念に基づく各種手続の見直し等、感染症法に新たに規定された事項を含め、多岐にわたる内容となっている。
改正の背景:米国における2001年9月の同時多発テロ、同年10月の炭疽菌混入郵便物による死亡者を含む健康被害等を契機に、生物テロを含めたテロ防止対策は、国際的な対応の必要性から諸外国で行われている。
こうした中、2004年12月に内閣官房長官を本部長とする国際組織犯罪等・国際テロ対策推進本部において「テロの未然防止に関する行動計画」が決定され(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/sosikihanzai/index.html)、病原性微生物等の管理体制の確立を図るため、感染症法の改正案が2006年の国会に提出された。
これまでわが国では、感染症の病原体等の適正な管理体制は必ずしも確立していない状況にあった。一方、英米等においては、病原体等の保有、使用等の基準を定め、病原体等を保有する施設に国への登録等を義務づけるなど、適正な管理のための法制化が確立している。さらに、病原体等の管理に関する世界的なネットワークが形成されるなど、病原体等の管理体制の充実と強化が国際的に進められてきている。
また、結核予防法については、同居者のいない者(ホームレス、独居老人等)に対して入所命令ができないこと、入院勧告の仕組みがなく、患者の意思に関係なく入所命令が出されるなど患者の人権を尊重する手続が十分ではなかったこと、個別の感染症に対する特別な立法は患者等に対する差別や偏見につながったとの指摘がある等の課題があった。
主要な改正内容
1.病原体等の管理に関する規定の創設
病原体等については、不適正な管理によって、人為的に感染症が発生するおそれがあり、さらに、その感染が蔓延し多数の人の生命および身体に危害を及ぼす可能性もあり得るものである。わが国では、これまで研究者の自主的な管理に委ねられていたのが現状であり、病原診断、感染症研究等が継続して推進され、かつ適正に管理もなされる体制を迅速に確立する必要があった。このため、今回の改正においては、病原体等の所持、輸入、運搬その他の取り扱いについて、法令で定めることとされた。
(1)病原体等の定義および分類:ここで言う病原体等とは、感染症を発症させる生物および物質であり、「感染症の病原体及び毒素」と定義された(感染症法第6条第16項)。さらに、その感染性、重篤度等に応じた規制対応のため、一種病原体等から四種病原体等に分類され、それぞれについて、原則禁止、許可制、届出制、基準の遵守の適用等の規制を講ずることとされた [表1 (pdf file & gif file) ]。また今後、規制の必要な病原体等が確認された場合は、その感染力等により、一〜四種病原体等のいずれかに位置付けられる。
(2)分類ごとの規制の概要
一種病原体等:感染すれば、生命および身体に回復しがたい程の極めて重大な被害を及ぼすおそれがあるもの。現在国内において研究等の目的でも保有されておらず、国際的に非保有が勧告されているレベルのものまで含まれる。原則として一般の研究を認めるべきものではなく、原則所持等は禁止とし、国または独立行政法人および政令で定める法人で厚生労働大臣が指定した者に限って所持し得るとされた。罰則規定として発散罪およびその未遂罪等が併せて規定されている。
二種病原体等:治療や検査等に用いられる社会的有用性もあるが、感染した場合、一種病原体等と同様に生命および身体に重大な被害を及ぼすおそれがあり、さらに生物テロに使用される危険性も指摘されているもの。所持等に際して、一定の安全性等を満たすことを要件にする必要があり、厚生労働大臣の許可を受けた者に限り所持等を認める許可制度を設けるとされた。
三種病原体等:所持に関して事前規制により所持者を制限するまでの必要性はないが、事後規制的には、適正な管理体制を図るとともに、所持者を把握する必要もあることから、施設基準等に従った施設における所持等を認めつつ、所持した場合の届出については義務づけるとされた。
四種病原体等:施設基準等に従った所持等を認め、その基準に対する違反が判明した場合に、改善命令や立入検査等を行うとされた。
(3)病原体等に関する規制等(本号5ページ参照):病原体等については、その所持や輸入等について、禁止、許可または届出等の基本的な規制の枠組みを設けるとともに、その扱う病原体等に応じて、施設基準、保管等の基準、感染症発生予防規程の作成、病原体等取扱主任者の選任、施設に立ち入る者に対する教育訓練、使用および滅菌等の状況の記帳の義務、病原体等が不要になった場合の処理滅菌等、事故届および災害時の応急措置、病原体等の規制の施行に必要な限度での報告徴収および立入検査、改善命令などの、幅広い規制が設けられた(本号8ページ参照)。
2.感染症法対象疾病分類の見直し [表2 (pdf file & gif file) および http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01.html参照]
(1)新たに加わった感染症:今回新たに、一類感染症に南米出血熱が、二類感染症に結核が規定された。結核については、症状に応じて入院による感染対策が必要であること、一方でその重篤度や感染力の度合いに照らし一類感染症のように建物封鎖等まで行う必要はないと考えられることから、二類感染症とされた。
なお、結核に感染したサルについては、人に感染させるおそれが高いことから獣医師の届出対象の動物および感染症として、政令で規定された。
(2)分類の見直しが行われた感染症:SARSが一類感染症から二類感染症に、二類感染症にあった腸管感染症(コレラ、細菌性赤痢、腸チフスおよびパラチフス)が三類感染症に移行した。SARSについては、その感染力については一類感染症程ではないものの、発生時には入院の措置等は必要であるとの観点から二類感染症とされた。腸管感染症は、現在の国内の衛生水準からは、感染した患者に対して入院措置までして他者への感染を防ぐ必要性は乏しい状況となっていることから、一定の職種への就業を制限することのできる三類感染症に分類された。
3.結核予防法の感染症法への統合(本号6ページ参照)
結核予防法においては、入所命令を行うに際して同居者の存在が要件となっていたことから、公衆衛生上の措置として入所命令が必要と思われる者に的確に措置ができない場合があったことや、入所命令等に際して勧告等の手続きが定められておらず、人権上問題があったことなどから、感染症法へ統合することを通じてそれらの解決が図られた。この統合により、結核に関する措置等は、基本的には継続性を持ったまま感染症法の相当する規定に基づき行えるようになった。定期の健康診断に関する諸規定、結核登録票への登録を基本とした結核患者の治療等の管理、家庭訪問指導および医師の指示等の結核予防法に規定されていた結核対策に独自の施策については、新たに結核の章を設けて規定された。予防接種(BCG)については、予防接種法一類疾病とされた。
感染症法に統合されたことを受けて、結核についての特定感染症予防指針の作成、結核の無症状病原体保有者について医療を必要としない場合には、医師の届出を要しない等の規定が定められた。
4.人権に関する手続等の改正
(1)人権を尊重するための改正等:今回の改正において、人権に対する国民の意識の高まりや、過去の感染症対策における人権の保障についての施策に対する指摘等から、2条の基本理念において「人権に配慮しつつ」とされていたものを、「人権を尊重しつつ」とし、より人権を尊重すべきであることが明示された。
また、就業制限や入院勧告等の患者の人権を制約する措置等を実施する場合の原則として、「最小限度の措置の原則」が明記された。この考え方は、消毒等の物件に係る措置については既に感染症法上明記されていたもので、入院等の措置を行うに当たっても同様の趣旨に基づいてなされていたが、改めて法的に明示されたものといえる。
(2)入院に関する手続きの見直し:入院は、勧告を前置としており、勧告に当たって患者等に適切な説明を行い、理解を得るよう努めなければならないとし、勧告により自発的な入院を促すこととされた。また、当該患者に勧告についての意見陳述の機会を与え、さらに入院中の処遇についての苦情の申出を可能にし、当該申出を誠実に処理し、その結果を申出者に通知しなければならないこととされた。
5.その他の改正
検疫法については、2005年に採択された世界保健規則(IHR)の改正が本年6月に発効することに併せ、これまで当該規則で定める検疫対象疾病として挙げられていたコレラおよび黄熱について規則に基づく対応が要請されなくなったこと、国内においても今回の感染症法の改正により入院の措置が不要であるとして、コレラを二類から三類感染症に改正したこと等にかんがみ、検疫感染症からコレラおよび黄熱が除かれた。