The Topic of This Month Vol.30 No.6(No.352)

日本脳炎 2003〜2008
(Vol. 30 p. 147-148: 2009年6月号)

日本脳炎は日本脳炎ウイルス(JEV)を保有するコガタアカイエカの刺咬・吸血によって感染する重篤な急性脳炎である。日本脳炎は、1999年4月に施行された感染症法に基づく感染症発生動向調査において4類感染症とされ、診断した医師に直ちに全数届出することが義務付けられている。また、感染症流行予測調査において、地方衛生研究所がヒト抗体調査(感受性調査)およびブタ感染調査(感染源調査)を行い、国立感染症研究所で集計・解析を実施している。本特集では、2003〜2008年の日本脳炎発生状況について述べる(2002年までの発生状況についてはIASR 24: 149-150, 2003)。

患者発生状況:1967〜76年に特別対策として小児のみならず高齢者を含む成人に積極的にワクチン接種が行われた結果、日本脳炎患者は急速に減少し、1980年代は年間数十人、1992年以降は一桁となった(図1)。

2003〜2008年の6年間に日本脳炎患者は、合計33例報告された。患者の発症日は(図2)、5月27日(2008年茨城)が最も早く、10月30日(2003年広島)が最も遅く、9月の発生が最も多かった。すべての患者が関東以西で発生しており(図3)、福岡6例をはじめ、16県で患者が発生していた。特に患者の多かった2005〜2007年には九州および中国地方で計17例の患者が発生していた。2006〜2007年に愛知で2例(うち死亡1)、2007年に石川で2例、2008年に茨城で2例の患者が発生したことが注目される。患者の性別は男性19例、女性14例で、年齢は、65〜69歳が最も多く6例で、40歳以上が85%(28例)を占め、25〜34歳2例、20歳未満3例であった(図4)。2006年にワクチン未接種の3歳の患者が報告された(本号7ページ)。患者届出時および追加情報により4例の死亡が報告されている(2004年20代1例、2006年60代1例、2007年40代、80代各1例)。

ヒト抗体調査(本号3ページ):2008年に11都府県約3,200人を対象にJEV抗体保有状況が調査されている(図5)。中和抗体価10以上の抗体保有率は0歳後半が最低で、1〜5歳では15%以下と非常に低く、9〜24歳では約80%であった。30〜64歳は50%以下と低く、65歳以上では再び50%を超えていた。2000年以降、4回の調査のたびに抗体保有率の低い小児の年齢層が拡大している。また、2000年に比べて2004年以降、40〜60代の抗体陽性率が低下している。

2005年初めまで日本脳炎ワクチンは、定期接種として、1期は3歳で初回免疫2回、4歳で追加免疫1回、2期は9〜12歳で追加免疫1回、3期は14〜15歳で追加免疫1回という標準的スケジュールで接種されていた。しかし、2005年5月30日に発出された「日本脳炎に係る定期の予防接種におけるワクチンの使用の差し控えについて(勧告)」(健感発 0530001号、厚生労働省結核感染症課長通知)および2005年7月29日の3期の廃止によって、それ以降、小児の日本脳炎ワクチン接種率が大きく低下したことの影響が抗体保有率にはっきりと現れている。

ブタ感染調査(本号5ページ):ブタはJEVの増幅動物である。JEVの侵淫状況の指標として、夏季に屠場に集められるブタ(生後5〜8カ月)の日本脳炎HI抗体陽性率(=当該年の新規感染率)が調査されている(図6)。最近では沖縄においては毎年5月頃、それ以外の富山以西の各県では7月頃からブタの新規感染が認められ、ブタの抗体陽性確認地域は月とともに北上する。2008年には10月末までに調査された35都道県中34で抗体陽性のブタが確認され、24県が抗体陽性率50%以上となった。2003〜2008年にブタの抗体陽性率が高い地域で患者が発生していることがわかる(http://idsc.nih.go.jp/yosoku/index.html)。

ウイルス分離・検出:2002年に広島(遺伝子型III型)、2005年に静岡(I型)、2007年愛知(I型、死亡例)で発生した患者各1例からJEV遺伝子が検出された。最近日本国内で検出されるJEVの遺伝子型はI型が主となっているが(本号7ページ)、2005年に沖縄の石垣島のブタから検出されたJEV遺伝子はIII型で、1985〜1996年に台湾で分離された株と近縁であった(本号9ページ)。また、2008年12月と2009年5月に兵庫で捕獲されたイノシシの血清からJEVが分離され(I型)、JEVの増幅動物となりうる可能性が示唆された(本号10ページ)。今後も、患者、ブタ、イノシシ、蚊からウイルス分離および遺伝子検出を行い、ウイルスの動向を監視することが重要である。

おわりに:日本脳炎患者が減少した主な要因として、以下の3点があげられる。(1)小児への日本脳炎ワクチン定期接種により、JEVに対して防御免疫を獲得できるようになったこと、(2)コガタアカイエカが増殖する水田の減少や、稲作方法の変化により、コガタアカイエカの数が減少したこと[上村,Med Entomol Zool 49(3): 181-185, 1998]、(3)増幅動物であるブタが人の居住地から離れて飼育されるようになったため、感染ブタを刺咬し感染したコガタアカイエカが人の居住地まで飛来し人を刺咬する機会が減少したこと、である。

近年、患者は高齢者が多い傾向にあったが、最近10年間は小児や壮年期の患者も発生している。また、最近患者発生がなかった地域での発生がみられた。患者発生がない地域でも、抗体陽性ブタが観察されていることから、JEV感染蚊は、沖縄から北海道まで全国各地に生息すると推察される。したがって、夏季に原因不明の脳炎・脳症が発生した場合には、日本脳炎を鑑別診断の項目に加える必要がある。

2009年2月23日に新しい乾燥細胞培養日本脳炎ワクチンが製造販売承認された。同年3月19日に開催された厚生労働省予防接種に関する検討会は「国内には依然、JEVに感染するリスクがあり、ワクチンが果たす役割は重要」との提言をまとめ、これまで1度もワクチンの接種を受けたことがない幼児期の接種を優先的に対象とすることを求めた。これを受けて厚生労働省は同年6月2日に新ワクチンを定期の1期予防接種に使用するワクチンとして位置づける予防接種実施規則の一部改正を行った(本号11ページ)。

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