ウイルス性出血熱(Viral hemorrhagic fever, VHF)は、発熱、出血(皮下、粘膜、臓器)、多臓器不全を引き起こすウイルス感染症と定義される。エボラ出血熱(Ebola hemorrhagic fever, EHF)、マールブルグ病(マールブルグ出血熱、Marburg hemorrhagic fever, MHF)、クリミア・コンゴ出血熱(Crimean-Congo hemorrhagic fever, CCHF)、ラッサ熱(Lassa fever, LF)、南米出血熱(South American hemorrhagic fever, SAHF)、腎症候性出血熱、ハンタウイルス肺症候群、黄熱、デング出血熱、リフトバレー出血熱等がVHFに含まれるが、狭い意味ではEHF、MHF、CCHF、LF、SAHFを指している。本特集では、感染症法で1類感染症に指定されているVHFについて簡単に解説し、わが国で整備されているVHFの検査診断システムを紹介する。
日本における感染症法とウイルス性出血熱
EHF、MHF、CCHF、LF、SAHFの5疾患は、痘そう(天然痘)とペストとともに、わが国では感染症法による1類感染症と定められている(本号3ページ特集関連資料:感染症法に基づく届出疾病2011年2月1日改正、SAHFは2007年4月に1類感染症に加えられた)。さらに、検疫法における検疫感染症、学校保健安全法における第一種学校感染症(治癒するまで出席停止)となっている。1類感染症患者(疑い例を含む)を診た医師は、直ちに保健所に報告することが感染症法により求められているが(http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01.html)、現在までその報告はない。患者は入院させた上で治療しなければならない(http://idsc.nih.go.jp/iasr/29/341/graph/t3412j.gif)。また、患者は院内感染対策が十分に整備されている特定または第一種感染症指定医療機関で治療される必要がある。
これら5疾患の病原ウイルスは感染症法に基づく病原体規制分類では、一種病原体に位置づけられており(http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou17/pdf/03-04.pdf)、これらは、輸入、所持、運搬、譲渡、滅菌等の規定に従って取り扱う必要がある(http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou17/03.html)。
さらに、EHFとMHFの疑いのあるサルを診断した獣医師にも届出が義務づけられているが、現在までその報告はない(http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/02.html)。動物の輸入に関する措置(輸入禁止、輸入検疫、輸入届出)も定められている(IASR 26: 196-198, 2005 & 26: 200-202, 2005および本号5ページ)。
VHFの特徴
エボラ出血熱:EHFの病原体はエボラウイルス(ebolavirus, EBOV,フィロウイルス科EBOV属)である。ザイール、スーダン、コートジボワール、ブンディブギョ、およびレストンEBOVの5種が確認されている。ヒトへの病原性は、ザイールEBOVが最も高く、次いでスーダン、ブンディブギョ、コートジボワールEBOVと続く。レストンEBOVはヒト以外の霊長類には高い病原性を示すものの、ヒトでは不顕性感染事例しかなく、ヒトには病原性を示さないと考えられている(本号5ページ)。
1976年にスーダン南部とザイール(現コンゴ民主共和国)北部に約2カ月の間をあけて、それぞれ致死率の高い出血熱症状を呈する疾患が流行した。スーダン南部の流行では計284名が発症、151名(53%)が死亡し、ザイール北部の流行では計318名が発症、280名(88%)が死亡した(本号4ページ)。この時に分離されたウイルスがそれぞれスーダンEBOVとザイールEBOVである。もっとも最近のEHF事例では、2011年5月にウガンダで1名の死亡が確認されている(本号19ページ)。
マールブルグ病:MHFの病原体は、EBOVと同様にフィロウイルス科に分類されるマールブルグウイルス(marburgvirus, MARV, フィロウイルス科MARV属)である。レークビクトリアMARVの1種のみが存在する。1967年に初めて発見されたウイルスで、同ウイルスによる比較的大きなVHF流行がコンゴ民主共和国とアンゴラで報告されている。2004〜2005年のアンゴラでの流行では,致死率は約90%にも達し(本号4ページ&IASR 26: 215-217, 2005参照)、日本でも入国者への問診などの対応が取られた(IASR 26: 217-218, 2005参照)。
クリミア・コンゴ出血熱:CCHFの病原体は、CCHFウイルス(CCHFV, ブニヤウイルス科ナイロウイルス属)である。CCHFVは、Ixodes 属やHyalomma 属等のダニが保有し、感染ダニにより、ウサギ、ネズミなどの小動物、ヒツジ、ヤギ、ウシなどの家畜、野生動物に伝搬され、また、感染動物からダニへ感染するという動物−ダニ間サイクルでも維持されている。ヒトは、CCHFV感染ダニに咬まれて感染する場合と、感染動物(多くの場合、ヒツジなどの家畜)の血液、体液、臓器に直接接触して感染する場合とがある。北半球ではダニの活動が高まる4〜6月に流行する。CCHFVは、アフリカ、ヨーロッパ、アジアにかけて広く分布している。
ラッサ熱:LFの病原体はラッサウイルス(Lassa virus, LASV, アレナウイルス科アレナウイルス属)である。LASVの宿主はマストミス(Mastomys natalensis )と呼ばれるげっ歯類で、西アフリカに広く分布している。ヒトは感染宿主の排泄物を吸入したり、直接接触したりして感染する。また、患者の飛沫、血液や体液への直接的接触や性行為を介してヒトからヒトへ感染する。院内感染が発生することも多い。LF流行地では、毎年10〜30万人がLASVに感染し、およそ5,000人が死亡していると推定されている。
南米出血熱:南米に存在するアレナウイルスによる出血熱をSAHFという。病原体はフニン、マチュポ、ガナリト、サビア、チャパレの5種のウイルスが知られているが(本号7ページ)、中でもフニンウイルスによるアルゼンチン出血熱がSAHFの中では最も多い。
SAHFの原因となるアレナウイルスの宿主も、LASV同様げっ歯類である。潜伏期、症状等はLFとほぼ同様である。
流行地以外でのVHFの輸入感染例
流行地以外で発生したVHFの中で最も多い疾患がLFである。西アフリカ地域で感染して潜伏期間中に帰国し、その後に発症している。これまでに確定診断されているものだけで20例を超える。わが国でも1987年に日本人LF輸入感染1例が報告されている。
2008年には米国とオランダで各1例のMHF輸入感染事例が確認されている(本号6ページ)。EHFの輸入感染事例は、1996年のガボンの流行時に患者が南アフリカに搬送され、その看護にあたったものが感染した事例(IASR 17: 82-83, 1996参照)以外に報告はない。CCHFの輸入感染事例は、セネガルで感染しフランスで発症した事例、アフガニスタンで感染しドイツに搬送された事例等が報告されている。
わが国におけるVHFの検査診断体制
VHFのウイルス学的診断は国立感染症研究所ウイルス第一部において実施可能である(IASR 26: 218-221, 2005参照)。血清学的診断はそれぞれのウイルスの組換え蛋白等を抗原とした抗体検出法(ELISA 、蛍光抗体法)で、ウイルスの検出はRT-PCR法等の遺伝子増幅法や抗原検出ELISA で実施される。現在、国立感染症研究所で実施可能なVHFの診断システムを表1にまとめた。症状、問診、疫学情報等からVHFが疑われる患者を診た場合には、国立感染症研究所ウイルス第一部または感染症情報センター(電話:03-5285-1111、Eメール:info☆nih.go.jp *「☆」記号を「@」に置き換えてください)に相談されたい。
なお、現在流行中の地域については、厚生労働省検疫所の情報(http://www.forth.go.jp/topics/fragment1.html)を参照されたい。