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肝障害をおこす因子には多くのものがあるが,そのうち感染症として近年特に注目されているのが肝炎ウイルスである。これにはA型,B型および非A非B型の三種類があり,A型は糞便から経口的に感染するのに対し,B型と非A非B型は主として血液を介して伝播する。人間のウイルス性肝炎のなかで人体内でのウイルス増殖機構,局在,肝炎の発生機転が比較的よく知られているのはB型肝炎(以下HBと略)のみであって,A型肝炎も非A非B型肝炎も未だそれらを考える段階までにはいたっていない。
神奈川県では県立病院,保健所および民生部諸施設等でHBに感染する機会の多い職員の健康管理をはかるため,その医療従事者を対象にriskに応じて年間検診4,2,1の各回に分別して定期的にHBs抗原,抗体を検査し,HBs抗原陽性者については,さらにHBe抗原,抗体およびHBc抗体を測定するとともに肝機能検査も併せ実施することによりHBウイルスの感染源,感染経路の把握とHB抗原保有者の病態をも追跡して,適切な対策に資しているところである。
表1は1978〜1979年の1年間,2424名について,HBs抗原をRPHA法,HBs抗体をPHA法でそれぞれ測定した結果である。全体としての検出率は抗原陽性45名(1.9%),抗体陽性657名(27.1%)となり抗原抗体両者の保有率からみると看護婦,助産婦,検査技師および病棟作業員等の職種の感染暴露が他職種のそれより幾分高い傾向を示した。検診回数については,4回と1回,2回と1回で有意差(X2検定,P<0.01)を認めたが,4回と2回では差なく透析,手術,産科,検査等の部門の4回とその他2回区分との分別に根拠を見出せなかった。
次にHBs抗原陽性者についてHBe抗原・抗体をオクタロニー法またはHBc抗体をIAHA法で測定し,その関係を検討した(図1,表2)。対象42名中38名はHBc抗体価512〜1,024倍以上を示し,明らかに定型的抗原持続陽性者と判断されたが,他4名のうち3名はHBs抗原価が高いにも拘わらずHBc抗体価は低く,この結果からは抗原持続陽性者とは判定し難い面も考えられた。しかしながら,この4名は1976年ないし1977年当時からすでにHBs抗原陽性になっていることから,この陽性期間の経過を考慮するとHBs,HBcの両者に十分上昇し得ない持続陽性のケースであろうと推察された。さらにHBe抗原陽性者6名のうち4名はHBs抗原HBs抗原,HBc抗体共に高く反応したが他の2名はHBs抗体価1,024倍に対しHBc抗体価32倍と128倍であった。HBs抗原価8〜16倍と低いもの11名のHBc抗体価は,1,024倍以上7名,512倍3名,256倍1名となり逆にHBs抗原価32倍以上のもののHBc抗体価は32〜512倍が4名,その他の27名は全て1,024倍もしくはそれ以上を示した。
このようにHBs,HBeで一見判定不能な症例でもHBc抗体の検査を併用することによって可成り効率よく感染時期の推定や,持続型か否かの判断が可能である。HBs asymptomatic carrierはその大部分がHBe抗体陽性であるが(表2),一部がHBe抗原陽性のまま経過することから感染源として適切な処置と対応に留意する必要がある。
HBs抗体が感染防御抗体としての役割を果すのに対し,HBc抗体はHBウイルスの感染マーカーとして早期に出現し,かつ鋭敏に反応するところからこれら抗原,抗体検出のメリットを十分に認識して患者診断に,また予防検診に広く活用することが肝要である。
現在わが国におけるHBウイルス持続保有者は300万人と推定されており,これらが将来どうなるか不安であるが,その一部は慢性肝炎から肝硬変,肝がんへ移行するのであろう。感染源を確実に把握するとともに,感染経路を正確に理解し,これを適切に遮断するほか予防について各個人の慎重な対応と自覚によってはじめてHBは制圧されるものと考えられる。
神奈川県衛生研究所 小田 和正
表1.職種別HBs抗原・抗体保有状況
図1.HBs抗原とHBc抗体の関係
表2.医療従事者のHBs抗原Asymptomatic carrierにおけるHBe抗原・抗体保有状況
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