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1984年6月14日から6月28日にわたって発生した熊本県三香株式会社製造の真空パックからしれんこんに起因するボツリヌス中毒は9月26日厚生省集計で,表1に示すごとく13都県市にまたがり,患者31名,死者9名に達する大事件となった。
疑いの患者を含めると6月9日にさかのぼり,2県市,患者5名,死者2名がさらに加わる。
原因食品,患者から検出された毒素および菌はすべてA型であり,1976年の東京都2名の事例に次いでA型としてはわが国で2回目である。
この事件への対応は6月24日(日曜)に宮崎県から熊本県に,熊本市の化学及血清療法研究所保有のボツリヌス治療用血清緊急輸送協力依頼があったことに始まる。翌25日には患者4名の共通喫食食品に株式会社三香製造からしれんこんがあるとの情報が入り,また,長崎県でも千葉血清に治療用血清を手配していること,同じくからしれんこんを食べているとの連絡を得て,ただちにボツリヌス中毒発生,推定原因食品は三香製造の真空パックからしれんこんであるとの発表が全国に流された。
この処置によってその後の患者発生を最小限度にくいとめ,また,発症中の患者の診断治療におおいに役立ったものと考える。既に他の病名で死亡し,症状によって疑いがもたれ,検査用の血液が保存されており,その血清からボツリヌス毒素を確認された事例も含まれている。
患者診断を適確に行った宮崎県病院医師,共通喫食食品を迅速に調査した宮崎県衛生部に敬意を表したい。これは昭和44年に同県であったボツリヌスB型による中毒事件の教訓が生かされたものと思われる。
宮崎県の原因食品製造月日と同じ6月11日製造のからしれんこんを入手し,26日に食品乳剤をマウスに注射し,特有の症状を呈し死亡し,治療用多価血清によって中和されることが認められた。27日に到着した診断血清にてA型と確認してただちにその旨発表した。
各地の地研でも同様の検査が行われ,ほとんど同時にA型と確認されていることは地研の技術水準が高まっていることもあるが,診断用血清が迅速に入手できたことによると思われる。信頼性の高い試薬,血清の円滑な供給が微生物検査の上で他の分野でも要望される。また,地研間の連携の重要性が立証された事例と考えている。
汚染原因の究明には6月25日製造停止した工場の諸原料を確保し,製造月日ごとの製造を流通経路から集めて検査した。製品の汚染は表2に示すように6月4日から25日まで続いており,検体数を増やせば毎日汚染があったものと判定された。
からしれんこんからの毒素,菌検出手順は表3に示した。毒素産生の進んだものは食品直接乳剤からただちに毒素,菌の証明が可能であったが,陰性のものは0.1%システイン,0.2%スターチ加クックドミートで増菌後に検査を行った。廊下に山積みとなった回収検体のうち,真空パックがふくれたもの,液体がにじみ出たもの等汚染が疑われるものを主体に検査したが,60検体中29検体,約半数にA型毒素が検出され,その大部分から菌も分離することができた。
最初の検体はからしみそ,れんこん,衣の3部分に分けて検査したが,いずれも1時間半以内に死亡し,相当量の毒素蓄積があるものと思われた。マウスip LD50/gを測定した一部の成績を表4に示す。
細長いからしれんこんの中央部と端の部分にわけて測定し差異はあるものの,高いものはいずれも高く,低いものはいずれも低かった。
同じく中央部と端の部分に分けて定性的にマウスで試験して陽性と陰性に分かれた検体がいくつかあった。局部で発芽増植し,ある日時を経て全体に毒素蓄積が及んでいくのではないかと考えている。
れんこん,からし粉をもっとも疑って検査を始めたが,その両者からA型毒素が証明された。他の原材料および工場内外の環境調査はすべて陰性であった。
生れんこんは5〜7月は端境期で,この間は冬から春に収穫したれんこんを洗浄切断し,真空パックにして冷蔵保存したものを順次庫出しして使用しているが,その100パックを検査し,3パックのれんこんからA型毒素が検出された。
からしれんこんの製造工程を表6に示す。
汚染生れんこんからの2次汚染が疑われるのは水漬の段階であるが,常時流水洗浄を行っていて,この水漬中のれんこん,容器沈殿物の検査では毒素を証明することができなかった。それ以後の過程でもボツリヌス菌増植の可能性はきわめて少なく,連続汚染の主な原因とは考えにくい。
他の原材料の検索ではなかなか陽性の結果が得られなかったが,工場にあった使用途中の生からし粉20kg包装の材料から,7月31日にA型毒素が証明された。さらに同一ロット番号の未開封生からし2袋からもA型毒素が証明され,この3袋からはその後の検査でも毎回毒素と菌が検出された。その検査方法は表7に示す。
この検出はガスパック法(BBL),クックドミート使用では6回の検査ですべて陰性であった。クックドミート培地は高価であるので肝々ブイヨンを大試験管に50mlずつ滅菌し併用したが成績は良好であった。実験室内作製の芽胞とは異なり,長期間自然界に生存の芽胞を共存菌との競合の上で発芽,増植,毒素産生させるためには微妙な条件設定が必要であると考えられる。
生からし粉はこの検査法で30〜40gの検体処理でやっと陽性成績が得られ,その汚染度はきわめて低いものと考えられる。
からし粉は当日からしみそに練られるが,からしみその塩分濃度6,pH4.85,水分活性0.91では,ボツリヌス菌の発育は困難と考えられ,実験でも増植が認められなかった。
熊本市で他のからしれんこん製造業者が使用しているからし粉19検体はすべて三香に供給した工場と別の由来のものであるが,検査成績は陰性であった。
オリエンタルタイプのからし粉はすべてカナダから一括輸入され,各地工場が製粉するとのことであるが,A型毒素が検出されたのは特定工場の特定ロット番号の袋のみであった。
三香株式会社は辛味が足りないとの理由で生からし粉を工場に特注し,これを5月29日に入荷している。6月初めから使用開始したとすれば,真空パック製品の汚染が最初に証明されたのは6月4日であるから,疫学的にきわめて高い符合性も持っている。
9月に出荷された新れんこんを用い,からしれんこんを試作し,からしみそ中に1本あたり20ヶの分離菌の芽胞を接種した。製造工程に従ってできあがったものをガス置換,カタリストのジャー中で37℃7日間静置後に乳剤として毒素検出を行ったが証明することができなかった。れんこんが真空パックで長期間冷蔵されるという条件が今回のからしれんこん有毒化の一つの必要因子であるのか今後の検討課題として残されている。
真空パックからしれんこんからの分離株,からしからの分離株,アメリカの標準株の生化学的性状を表8に示した。検査項目では2系統の分離株の性状は一致している。
今回の全国にまたがる事件はなんらかの特殊な事情でからし粉にボツリヌス菌の微量汚染がおこり,これを使用した真空パック三香製造からしれんこんが菌発育に好適であり,流通過程で常温相当期間の後有毒化が進んだために生じたものと考える。今後食品衛生行政にこの教訓を生かす必要があろう。
熊本県衛生公害研究所 道家 直
熊本市保健衛生研究所 竹田 哲郎 他
表1.都県市別ボツリヌス菌食中毒患者等発生状況
表2.真空パック製品の汚染度調査
表3.からしれんこんからの毒素・菌検出
表4.
表5.原材料の汚染度調査
表6.製造工程
表7.カラシ粉からのボツリヌス毒素・菌検出の手順
表8.分離株の生化学的性状
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