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Vol.5 (1984/11[057])

<国内情報>
大分県のボツリヌス食中毒の概略と対応


 昭和59年6月19日から20日にかけて大分県内のS病院の職員14名が熊本県に慰安旅行し,からしれんこん2箱(真空パック5本詰)を購入,翌21日午前7時から12時の間にS病院内でからしれんこん1本を18名で分けて食べた。22日午前0時頃より初発症状が出はじめ,23日までに6名の患者が発生,うち2名は重症で,はじめに激しい頭痛,続いて下痢があり,その後瞳孔散大,言語障害,歩行困難,呼吸困難等の症状が現われた。他の4名は軽い目まいと嚥下困難,倦怠感を訴えた。6月26日新聞の朝刊に「からしれんこんによるボツリヌス食中毒発生」の報道がなされ,これをみたS病院の医師から所轄保健所にボツリヌス食中毒らしい患者がいるとの通報があり,初めて県内での患者発生を知った。同日午後,所轄保健所より原因食品と思われるからしれんこん3件(1件は悪臭がしたので返品,代替品として送られてきたもので6月22日製造,他の2件は製造年月日不明),患者血清5件(抗毒素投与前のもの),翌27日重症患者の便1件(抗生物質,抗毒素投与後のもの)が当センターへ搬入された。すぐに千葉県血清研究所へA,B,E,F型のボツリヌス診断用抗毒素の分与を依頼し,からしれんこん抽出液および患者血清をマウス腹腔内に接種し,毒素の存在を確認した。次いで27日に抗毒素が到着したのでマウスを用いて抗毒素血清との中和試験を実施し,からしれんこん抽出液1件および重症患者1名の血清中の毒素はボツリヌスA型毒素であることを同定した。ボツリヌス菌の分離は,からしれんこん3件,便1件について肝片加肝臓ブイヨンでの増菌培養と,卵黄加CW寒天(カナマイシン不含)および卵黄加GAM寒天での分離培養を行い,からしれんこん1件からボツリヌスA型菌を分離した。分離株の生化学的性状はグルコースの分解がやや弱いことを除いて成書に記載されている性状とほぼ一致した。

 その後の患者の状況は,6月26日に抗毒素血清が投与されたが重症患者1名は6月29日に気管切開を行っている。もう1名の重症患者は呼吸困難が回復した。軽症者はいずれも軽度の複視と言語障害を残して回復し,6月30日に退院した。7月1日になって軽症者の1名に再び複視,言語障害,嚥下困難の症状が現われ再入院した。気管切開をした重症患者はこの頃から目が開くようになり回復へ向かっている。再入院した軽症患者は軽度の複視が残るが7月6日退院した。

 以上が今回の大分県におけるボツリヌス食中毒事件の概略であるが,患者に対して比較的早い時期に大量の抗毒素の投与がなされ,死亡者が出なかったことは不幸中の幸いであった。



大分県公害衛生センター 帆足 喜久雄,緒方 喜久代,工藤 毅,副島 正男,林 薫





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