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Vol.5 (1984/11[057])

<国内情報>
宮崎県でのボツリヌス食中毒事件について


 事件の概要:昭和59年6月24日午前8時,呼吸困難,構語障害,複視を主訴とする同居の父,息子2名の患者について,宮崎市郡医師会病院からボツリヌス菌による中毒の可能性が考えられる旨の連絡を受けた。同日午後7時,先の2名の患者と親戚で同居の母,娘2名の患者が同病院に同様な症状で入院した。その後6月27日に夫婦2名,母,息子2名が同様の症状で入院ないし受診している。これら8名の患者は,いずれも発症前18〜65時間に真空包装のからしれんこんを推定10から100g程度食していた。8名の患者の転記は,2名が死亡,1名は現在も入院加療中,5名が入院加療後回復(うち1名は抗血清投与を受けただけで即日帰宅)となっている。

 患者への対応としては,同病院で事件探知日から治療用抗血清(最初の2名の患者はE型および混合,他は全て混合)の投与が行われた。

 一方,行政的には,抗血清取得への努力,疫学背景の解明,関係県への事件の連絡,6月27日の県民への公報がおこなわれた。この中で,原因食品については最初の2組(4名)の患者発生で,製造元および製造時期が比較的容易に推定できた。

 細菌学的検査

1)毒素の証明:患者血清0.3mlまたは材料浸出液0.5mlをマウス腹腔内へ接種し,24時間マウスの健康状態を観察した。マウスが腹壁陥凹,呼吸困難,四肢麻痺を示して死亡し,この作用が80℃10分の加熱で不活化し,診断用抗血清で中和されるものをボツリヌズム死とした。材料は以下のように処理した。大便はSM400μg/ml加0.1MPBS(pH6.0)で10%の,また,吐物,食品は同液で50%の乳剤を作り,4℃で5〜10時間浸出後,遠心(3500rpm×30分)上清に等量の0.1MPBSを加えたものを毒素の証明に用いた。

 患者血清中の毒素は,検じた7名中2名に,抗血清投与前の血清にのみ認められた。患者の食した,および他の家庭から届け出された同一製造元の真空包装からしれんこん6件について調査し,このうち6月11日製造の3件からは全て毒素が証明できたが,別の日の製造または製造時期不明の3件からは毒素を証明できなかった。

 これらの検討の中で,本件のボツリヌス菌産生毒素はA型であることが6月26日夜半に判明した。また,からしれんこんに含まれる毒素量はマウスLD50で6×103/g程度であった。

2)菌の証明:増菌にはクックドミート培地,分離には卵黄加GAM培地を用いた。増菌および分離培養はガス置換カタリスト入の嫌気瓶法により35℃で実施した。検体には毒素証明の手順で得られた遠心沈渣を用いた。これを2群に分け,1群はそのまま,他群は60℃30分加熱後,増菌培地に接種,3日培養後分離培地に植え継ぎ,その後2日間培養した。菌は産生毒素の性状と緒生化学的症状により同定した。

 大便からは,検査した7名の患者のうち2名からA型ボツリヌス菌が回収できた。両者の便はそれぞれ入院2日目,16日目のものであった。ボツリヌズムでは発病初期はともかく,後には例外なく頑固で便秘が出現する印象をもった。便採取は容易でなく浣腸を施すことになるが,グリセリン浣腸液がマウスに対してかなりの毒性をもつことを知ったので因みに加えておく。食品に関しては先に述べた毒素を証明できた3つのからしれんこんから全てA型ボツリヌス菌を証明した。また,分離株のクックドミール培地中での毒素産生量は2日および21日培養でそれぞれ3×105/ml,6×105/mlマウスLD50量であった。

 今回の事件に宮崎県として比較的スームスに対処し得たとするならば,それは,事件初期において担当医師の適確な診断があったこと,比較的容易に疫学的背景が明らかになったこと,本県では過去にB型ボツリヌズムを経験していたことにあるのではないかと思っている。

 本文中での成績の一部および分離菌の性状について以下に示す。



宮崎県衛生研究所 武田 攻,笹原 徹,中原 藤正,山本 正悟,河野 喜美子,川畑 紀彦


表1.患者材料の検査結果
表2.分離株の生化学的性状
表3.分離株の薬剤感受性





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