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スイスにおけるヒト多包条虫症は前世紀半ば(1858年)以来,1983年まで毎年報告されている。1956〜1983年までの間に総計267名が患者として診断,報告されている。それに比べて終宿主であるキツネやその他の動物における多包条虫感染に関する報告は大変乏しい。そこで,1990〜92年にキツネの多包条虫感染についての大々的な調査が行われた。
大変厳しい安全規則のもとにスイスの20県のうち18県のキツネ4,227頭について検査が行われたが,18県全部のキツネに多包条虫の感染がみられ,その感染率は1.7%から54%であった。もっとも県内でも地域によって大きな差があり,たとえばチューリッヒ県の平均感染率は33%であったが,その12の地域での各感染率は14%〜54%の開きがあった。キツネにおける多包条虫の高い感染は北部地域にあり,南西に向かうに従って低率になる傾向がみられた。
このような疫学的資料は,感染キツネのみられた地域におけるヒトへの感染に対して潜在的な危険性があることを示すものである。多包条虫のヒトへの感染ルートは感染している終宿主との接触あるいは虫卵の付いた食品(たとえば茸や野菜等)や飲料水の摂取の際に虫卵を取り込むことにある。しかし,それらの環境内での虫卵の分布や伝播様式についてはほとんどわかっていない。もっとも1956〜1983年の間にみられた患者の多くはキツネに高率感染のあった北部地域でみられている。
ヒト多包条虫症患者の未治療例では,診断されてかた10年間に94%が死亡しているし,治療は大変高価なので大きな問題である。従って予防対策が必要で,a)住民に対しての本虫の生活環と予防法についての教育,b)キツネを取り扱う上での安全対策,c)多くの果実や野菜は完全に洗うこと,可能ならば加熱すること,d)野原や庭園での仕事で土壌と接した後は手洗いを十分に行うこと,e)感染に曝された者は血清学的検査(ELISA)を行って診断することだとしている。
(WHO,WER,68,No.23,165,1993)
編集子:わが国におけるヒト多包条虫症の現状については
本月報Vol.14,No.5で紹介した。本症に対する行政・医療面での対応は,わが国において一歩先んじている感があるが,完全治療が必ずしも容易ではない点では世界的に問題がある。
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