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わが国における青森県以南に見られたヒトにおけるバンクロフト糸状虫症,ならびに八丈小島のみに存在したマレイ糸状虫症は,1950年代に著効ある駆虫剤Diethylcarbamazineが開発され,さらに1962年度から国の事業としてフィラリア対策が取り上げられ,流行地住民に対して集団検査と本剤による集団駆虫が行われた結果,1970年代にはヒト古来のフィラリア症は完全に撲滅された。現在では人畜共通の寄生虫病としての犬糸状虫症
(本月報vol.14,bX,1993参照)
ならびにその他の動物由来のフィラリア症が見られるのみになっている。
ところが,近年における輸送力拡大と経済事情の安定に伴い,海外旅行に出かける機会が増え,それに伴って日本には存在しないフィラリア類の感染者の輸入例を見るに至っているので,その現状を以下に示す。
オンコセルカ(Onchocerca volvulus)症(廻旋糸状虫症):全世界(アフリカならびに中南米)に3,000万人のオンコセルカの感染者が存在するといわれる。成虫はヒトの皮下に腫瘤を形成した中にコイル状に寄生するため,掻痒感を示し,浮腫に続いて萎縮が起こり皮膚は縮緬状になる。また,成虫が産出するミクロフィラリアが眼球結膜から角膜,網膜,視神経へと侵入するため結膜炎,角膜炎,そしてついには失明する者が見られる(河川盲目症)。
現在わが国ではYoshimura et al.(1983)によってギニアで感染した1例(34歳,男,測量技師:Jap. J.Trop. Med. Hyg, 11,243-248)が報告されているが,未報告例が3例程(いずれも医療協力でのオンコセルカ症コントロール従事者)見られている。
ロア糸状虫(Loa loa)症:成虫は皮下に寄生し,移動性腫脹,皮膚掻痒感をみる。眼結膜に寄生した場合は重篤になることがあるが,失明することはほとんどない。
わが国での症例はカメルーンで感染した33歳のドイツ人男性(右手関節上部から前腕への有痛性の浮腫様腫脹。末梢血からミクロフィラリアが見出され,虫体も摘出,Tani et al.: Jap. J.Exp. Med. ,55,71-74,1985)と,ザイールで感染した53歳の映画カメラマン(男性,右眼球結膜と右大腿部から成虫摘出,杉山ら:感染症学誌,62,490-495,1988)の感染例が報告されている。
常在糸状虫(Mansonela perstans)症:その名前が示す様に,アフリカにはミクロフィラリア保有率が40%もの高率感染地域が見られ,成虫は腸間膜基部など深部結合組織内に寄生する。あまり大きな症状は見られないが,皮膚の一過性腫脹や関節痛が見られる場合がある。
わが国での症例報告はザイール(34歳,大学教官:Yoshida et al. : Southeast Asian J. Trop. Med. Pub. Health, 14,341-344,1983)およびカメルーン[40歳,公務員:大友ら,寄生虫誌,38(増),63,1989]で感染した2例があるが,共にマラリアとの合併のため,悪寒,発熱,全身倦怠などの症状を来して来院したときに診断されたものである。
予研寄生動物部 影井 昇
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