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1994年10月奈良県において,小学校で学校給食を原因食品とする患者数250名(ヒトからヒトへ二次感染した患者5名を含む)にのぼる腸管出血性大腸菌O157:H7(EHEC O157:H7)による集団感染性下痢症が発生した。(本月報Vol.16,No.1)
その事例によって,EHEC O157:H7による集団下痢症は食中毒と伝染病の発生形態を有しており,事件の調査,原因追求,拡大防止を図る上で,縦割行政機構の総括と調整機能という今までには考えられなかった役割が衛生研究所細菌部門に要請されることを経験した。また,事件の探知が早く,迅速な初動検査の実施および行政が一体になって対応できたことから,日常的に必要な機関(人)に必要な情報を提供すること,検査体制の確立および関係機関との連携を密にすることが重要であることを再確認した。
事件以降は,県内の医療機関を含めて関係者の腸管出血性大腸菌感染症に対する感心が高まり,多くの情報が衛生研究所へ寄せられるようになった。
1995年10月30日,生駒市のM小児医院(M医師)より,通院治療した患児(5歳)の検便検査のことで衛生研究所に相談がもたらされた。内容は,「検査を依頼したN検査センターの結果,大腸菌を検出したが,臨床症状から総合的に判断してEHEC感染症が疑われるので菌株をさらに詳細に検査してほしい」というものである。患児の症状は,10月24日より腹痛・下痢の症状を呈し,25日夜には血性下痢が発現し,30日に症状が治まった。患児から分離された菌株は腸管出血性大腸菌O157:H7(ソルビトール陰性,VT1,VT2産生)と同定された。
衛生研究所としては集団下痢症,二次感染の防止の観点から疫学的な調査が必要であると考え,所轄の郡山保健所へ情報提供し,食品衛生部門と感染症防疫部門の両者によって調査がなされた。
患児の通園しているN保育所は職員37名,園児128名(0〜5歳)で,患児が発症した前後の欠席状況は通常時と変わらず,保育園における集団発生を認める材料は見出せなかった。
一方,患児の家族構成は父・母・姉・妹の5名であり,父・母も10月27〜28日頃を初発として,下痢・腹痛の症状を呈していることがわかった。また,患児は発症前の10月19〜21日まで家族(父を除く)とともにK市にある母方の実家へ出かけており,叔母の家族(叔母・叔父・従兄弟の3名)と生活を共にし,22日はそれら親族(母・妹を除く)とともに海釣りに出かけていた。親族のうち叔母と従兄弟も10月25日頃から下痢症状を呈していることがわかった。
患児の家族,叔母の家族について10月30日〜11月1日にかけて採便し細菌検査を行った結果,患児の父から腸管出血性大腸菌O157:H7(ソルビトール陰性,VT1,VT2産生)を検出した。保育園の担当保母についても実施したが陰性であった。
さらに,前年の集団事例の教訓から,感染の実態を把握する目的で,親族関係者から11月1から2日かけて採血を行い,大腸菌O157の菌体O抗原(LPS)に対するLPS抗体(IgM)の測定(国立小児医療研究センター・竹田多恵博士に依頼)をしたところ,父・母・叔母・従兄弟が陽性であった。
患児とこれら4名の抗体陽性者は共通した食事を採取した機会がないことから,患児の感染源は不明であるが,親族内において二次感染があったことが推定される。
老婆心ながら本菌による下痢症発生に際しては,ヒトからヒトへの感染を防止することが重要であることを強調したい。
奈良県衛生研究所 梅迫誠一
奈良県郡山保健所 久保寛士 川合延枝
親族関係者における成績一覧(郡山保健所調査資料から抜粋)
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