2004年、鳥インフルエンザの流行的発生がアジアを中心として見られ、わが国にもその発生は飛び火した。このほとんどは鳥(家禽類)の間での高病原性鳥インフルエンザA/H5N1の流行であるが、その他米国(A/H7N2, H5N2)、カナダ(H7N3)、エジプト(A/H10N7)でも家禽類の鳥インフルエンザの発生がみられている。そして少数ながらヒトでのH5N1感染発症例が見られ、ベトナム、タイにおけるヒトH5N1感染例では、高い致死率となっている。わが国では、山口県(本号17ページ参照)、大分県、京都府(本号18ページ参照)、兵庫県などで養鶏場でのA/H5N1の集団発生(大分はペットとして飼育されていたチャボ)が見られたが、ヒトでの感染者はこれまでのところない。
鳥におけるインフルエンザウイルスのうちH5、H7などの高病原性鳥インフルエンザは、かつて家禽ペストと呼ばれていた。家禽ペストが最初に報告されたのは、1878年イタリアであり、わが国では1925年に発生した記録がある。家禽ペストは、各地でその存在が明らかとなり、1960年代〜1970年代にかけては、数年おきにいろいろな国で発生のあったことが記録されている。
1983年にペンシルベニアで発生した鳥インフルエンザA/H5N2は、当初は病原性の弱い流行の様相であった。しかしその後ウイルスが病原性を獲得し、感染鳥の死亡率が急増した。これは低病原性鳥インフルエンザウイルスであっても、鶏の間で感染を繰り返すうちに、突然変異により高病原性に変化する可能性のあることが示されている。その後も各地で鳥の間での鳥インフルエンザの発生は生じている。
鳥インフルエンザのヒト感染例が初めて確認されたのは1997年の香港である。養鶏場でのA/H5N1の流行に続き、18名のH5N1感染発症者(うち6名死亡)が確認されており、当時の香港政府は150万羽におよぶ鶏類を殺処分とした(本月報Vol.19, 277-278参照)。1999年には香港で2名の小児のH9N2感染例が報告されている(本月報Vol.20, 144参照)。
2000年代にはいると、香港、マカオ、韓国、中国、米国、イタリアなどで鳥の間での鳥インフルエンザの発生が見られているが、2003年1月には福建省に帰省し、香港に戻った親子2名(うち父親が死亡)でH5N1感染が確定し、1997年以来のH5ヒト感染例となった(本月報Vol.24, 67-68参照)。当時拡大しつつあった原因不明の非定型肺炎(後で重症急性呼吸器症候群;SARSと命名)は、H5N1が新型インフルエンザとなってヒトに拡がりつつあるのではないかと考えられた時もあった。また、2003年2〜4月には、オランダ、ベルギー、ドイツ、デンマーク、韓国、ベトナムで鳥インフルエンザが発生し、ヨーロッパにおけるH7N7ウイルスによる流行では、1,000万羽以上の鶏が処分された。オランダの流行では養鶏業者ら83名が感染し結膜炎を発症、数名に呼吸器症状が見られた。そして獣医師1名が重症呼吸器感染症となり死亡している。また3家族で家族内発症があり、人→人感染が疑われたが、証明はされていない(本月報Vol.24, 137参照)。そして、2003年12月、韓国でH5N1の鶏での流行が報告された。
2004年1月5日、ベトナムハノイで小児を中心とした不明の重症肺炎の流行が報告された。当初SARSなどの発生も考えられたが、南北ベトナムにおいて養鶏場の鶏の大量死亡、そしてその原因が鳥インフルエンザであることが確定され、やがてこれらの不明重症肺炎例もH5N1感染であることが明らかとなった。そして1月12日、山口県での発生、同13日再び韓国でのH5N1感染拡大の報告が相次いだ。同15日には、台湾でも鳥インフルエンザの発生が確認されたが、病原性の低いA/H5N2であった。
1月23日、タイ国内で初めてのH5N1ウイルス感染が発生したことが報告され、次いで、ヒトでのH5N1感染確定例2例が明らかとなった。その後カンボジア、中国本土10カ所、ラオス、インドネシアにおいて、家禽の間でのH5N1ウイルス感染が確認され、わが国でも山口県に引き続き、大分県、京都府、兵庫県での感染が確認された。
2004年にH5N1以外の鳥インフルエンザの発生がみられたのは、パキスタン(H7)、米国(H7, H5N2)、カナダ(H7N3)、南アフリカ(H6)、エジプト(H10N7)などであり、ヒトでの感染例は6月末に、タイで12例(うち死亡8)、ベトナム22例(死亡例15)、エジプト2例、カナダ2例となっている。
しかし8月、ベトナム、タイでは再び家禽類でのH5N1の流行が発生、マレーシアでも流行が見られた。10月末現在、H5N1のヒトでの感染者数の累計は、タイ17例(うち死亡12)、ベトナム27例(死亡20)となっている。なおこれまでのところ、これらの中で人から人への明確な感染が証明されたものはない。
鳥におけるインフルエンザウイルスの発生動向、そしてヒトでの感染例の発生動向は今後も予断を許さず、サーベイランスの強化が重要である。
国立感染症研究所・感染症情報センター 岡部信彦