The Topic of This Month Vol.27 No.12(No.322)

ジフテリア 2006年現在

(Vol.27 p 331-332:2006年12月号)

ジフテリアは、ジフテリア菌(Corynebacterium diphtheriae )の感染によっておこる上気道粘膜疾患であるが、眼瞼結膜・中耳・陰部・皮膚などがおかされることもある。感染、増殖した菌から産生された毒素により昏睡や心筋炎などの全身症状がおこると死亡する危険が高くなるが、先進国での致命率は5〜10%とされている。

わが国では1999年4月に施行された感染症法に基づき、ジフテリアは2類感染症として診断した医師に全数届出が義務付けられている(届出基準はhttp://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-02-04.html参照)。

これまでに国内では第二次大戦後に流行した時期があるが、ワクチン接種の普及に伴い激減し、最近ではほとんど発生していない。一方、旧ソビエト連邦では、1990〜1998年の間に約16万人が感染・発症し、約5千人が死亡した(本号5ページ参照)。この事例から、ジフテリアのサーベイランスとワクチン接種の重要性が再認識され、ヨーロッパではジフテリアに対する疫学、診断、治療および予防に関するワーキンググループが設置された(本号6ページ参照)。ジフテリアの主要な病原因子はジフテリア毒素であるが、最近、英国ではジフテリア患者から毒素非産生菌の分離報告が多く、わが国でも2006年1月に敗血症患者から毒素非産生菌の分離が報告されている。一方、近縁の菌種のCorynebacterium ulcerans がジフテリア毒素を持ち、ジフテリアと同様の症状をおこす病原体として、ヨーロッパや日本で分離され、注目されてきている(本号3ページ3ページ4ページ6ページ参照)。

わが国では、厚生労働省感染症流行予測調査事業によって、国民のジフテリアに対する免疫状況を監視している。この調査では、全国約10の地方衛生研究所が、健常者血清(2003年は初めて全年齢層について実施)、全体で約1,000〜1,500検体について4〜5年に1回ジフテリア毒素に対する中和抗体(抗毒素)価を測定し、国立感染症研究所が全国データを集計している。この調査によって、以下に示すように、わが国ではワクチン接種により小児のジフテリア抗体保有率がきわめて高く維持されていることが確認されており、これがジフテリアの発生を抑えている最大の要因であると考えられる。

患者発生状況と予防接種の歴史:わが国におけるジフテリア患者の届出数は(1999年3月までは伝染病予防法に基づく届出)、1945年には約8万6千人(うち約1/10が死亡)であったが、その後著しく減少している(図1)。感染症法施行後では、1999年に岐阜県で死亡例1名が届出されている(IASR 20: 302-303, 1999)。なお、この他に1999年に広島県、2000年に栃木県から各1名の疑似症の報告がなされたが、ジフテリアの疑似症は届出の対象となっていないため、除外されている。

わが国のジフテリア予防接種の歴史を見ると、1948年にジフテリア単味ワクチン(D)が、1958年にはジフテリア・百日せき混合ワクチン(DP)が、1968年以降は沈降破傷風トキソイド(T)を混合したDPTが、定期予防接種に採用された。1975年にはDPT接種後の死亡事故があり、定期接種は3カ月間中止された。1981年には改良DPT(百日咳死菌の代わりに精製百日咳菌蛋白を使用)が導入された。さらに1995年4月、改正予防接種法が施行され、DPTの標準的な接種スケジュールは次のようになった(なお、この時に破傷風が正式に定期接種対象疾患となった)。I期初回接種として、生後3カ月から12カ月の間に3〜8週間隔で3回、I期追加接種として初回接種終了12〜18カ月後に1回注射を受ける。II期接種として、11〜12歳時に沈降ジフテリア破傷風混合トキソイド(DT)を1回受ける。

2003年感染症流行予測調査によるジフテリア抗体(抗毒素)保有状況:最新調査である2003年には、山形、茨城、東京、福井、大阪、愛媛、福岡、宮崎の8都府県の全年齢層から1,447検体の血清が採取された。抗体保有率は、0〜3歳にかけて予防接種によって上昇し(図3)、1〜4歳の約80%は、ジフテリアの発症防御レベルと考えられている0.1IU/ml[Hasselhorn HM, et al ., Vaccine 16(1): 70-75, 1998]以上を保有していた(図2)。その後、40〜44歳まで増減を繰り返しながら徐々に減少していく。25〜29歳で落ち込みがみられるが、これは、1975年のワクチン接種一時中止〜1981年の改良DPTワクチン導入までの接種率が低かった時期と符合する。45〜49歳で、10%以下へと急激な落ち込みがみられ、これ以上の年齢では、再び増加して約20%程度の保有率を示したが、若年層のレベルには及ばない。抗体保有状況の年次推移をみると(図3)、年度を追うにつれ0〜4歳での保有率は上昇している。0.1IU/ml以上の抗体保有率は、3〜4歳をピークにその後緩やかに下降し、15歳までは50%以上を保っている。予防接種歴別にみると(図4)、基礎免疫完了者(I期+II期)は高い抗体保有率を示しているが、I期初回の1回のみの接種者では35%と低く、不十分である。

また、2003年の調査でジフテリアの予防接種歴が報告された者全体(2,402例、ジフテリア以外の疾病の調査対象者を含む)では、接種有り(1回以上)は90%以上と高いが、4回以上の接種率は3〜9歳で60〜70%と、不十分であった。

検査・診断:国内でジフテリア患者がみられなくなったために、ジフテリアを診断できる医師や、菌の分離同定技術を習得した検査技師等が減少していくことが危惧される。ジフテリア発生の緊急時に備えるため、臨床医の協力を得て、国立感染症研究所と各地方衛生研究所が、臨床診断、病原体診断、治療のための予防対策マニュアル(http://idsc.nih.go.jp/disease/diphtheria/manual.html)を作成し、技術の継承を維持している。なお、検査法については、http://www.nih.go.jp/niid/reference/pathogen-manual-60.pdf#173も参照されたい。

ワクチン接種のすすめ:1992〜1996年に旧ソビエト連邦で発生したジフテリア患者は、この期間に世界中で報告されたジフテリア患者の約90%を占めたが[Emerging Infectious Diseases 4(4): 539-550,1998]、ワクチン接種の強化により、流行は1995年以降終息に向かった。しかし、現在でも依然として開発途上国を中心に世界各地、特にベラルーシ、グルジア、ラトビア、ロシア連邦、ウクライナでは注意が必要な状態であることが報告されている(本号5ページ参照)。成人であっても渡航先によっては、任意接種を渡航前に受けることが望ましい(ジフテリアに対する基礎免疫がある場合は追加で1回、基礎免疫が無い場合は少なくとも2回またはそれ以上)。ブースター用として、DTまたは、成人用沈降ジフテリアトキソイドが用いられる。小児では日頃から定期接種を受け、基礎免疫をつけておくことが重要である。

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