オウム病はオウム病クラミジア(Chlamydia psittaci )による人獣共通感染症で、 主に感染鳥の排泄物中のC. psittaci を吸入し感染するが、 口移しの給餌による経口感染もあり得る。典型例では感染後1〜2週間の潜伏期の後、 突然の高熱が出現、 高率に咳を伴い、 頭痛や比較的徐脈、 肝機能障害を示すことが多い。軽症の場合はインフルエンザ様症状のみで自然治癒する例や、 異型肺炎として治療されオウム病と診断されないまま治癒する例も多いと考えられるが、 肺炎に至った場合の全身症状は肺炎クラミジア(C. pneumoniae )肺炎より強い。特に、 重症肺炎例で初期治療が不適切であった場合には、 髄膜炎や多臓器不全、 DIC(播種性血管内凝固症候群)、 さらにショック症状を呈し、 致死的な経過をとることもあり、 オウム病を疑う場合はただちに抗菌薬投与を開始する必要がある。治療はテトラサイクリン系抗菌薬が第一選択薬であり、 マクロライド系、 ニューキノロン系がこれに次ぐ(妊婦や小児の第一選択薬はマクロライド系)。しかし、 β-ラクタム系は無効で、 アミノ配糖体も効果はない。マイコプラズマやC. pneumoniae による肺炎との鑑別診断には、 特に鳥との接触歴を問診することが重要である。
感染症発生動向調査:オウム病は「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)」施行前は定点報告疾患の「異型肺炎」の中に一括されていたため、 実態は不明であった。1999年4月の感染症法施行後は全数把握の4類感染症として全医師に届け出が義務付けられている。
これまでに122例の報告があり、 1999年(4〜12月)23例、 2000年18例、 2001年36例の報告に対し、 2002年は8月28日までの報告ですでに45例にのぼっている。これは後述する集団発生例を含むためであるが、 散発例の報告も増加している。報告された症状は、 呼吸困難を伴う非定型肺炎と重症肺炎例が3分の1を占め、 その他は発熱、 咳嗽、 倦怠感などが主であった。都道府県別報告数をみると(図1)、 2001年東京都7例、 2002年島根県10例、 広島県8例を除き、 特定の地域に集中する傾向はみられない。1999〜2001年の月別報告数は、 5〜6月の鳥の繁殖期に多い傾向がみられた(図2)。しかし、 2001年末〜2002年は集団発生の影響もあり季節変動は不明瞭となった。オウム病患者は成人が多く、 50代をピークに幅広い年齢でみられ(図3)、 男51例、 女71例と女性の方がやや多い。
オウム病の推定感染源としてはインコ類が多く挙げられており、 鳥種の推定がなされた例の70%を占めていた。
集団発生:2001年6月、 神奈川県の動物園で飼育しているシベリアヘラジカの分娩介助をした5名の職員が、 肺炎1例を含む発熱、 呼吸器疾患を発症した。原因検索のため疫学調査および種々の病原体検査が実施された結果、 ヘラジカの胎盤に感染していたC. psittaci の吸引、 あるいは経口感染によるオウム病集団発生であることが明らかとなり(本号6ページ参照)、 2001年12月に神奈川県で患者5例が届け出された(図1&図2)。このように、 オウム病はまれに哺乳動物からの伝播もありうることを考慮する必要がある。
島根県内の約1,300羽の鳥を飼育・展示している施設を2001年11〜12月に訪れた人12例と同施設の職員等5例、 計17例のオウム病患者が確認された。患者は2001年12月〜2002年3月に診断され(図2)、 島根県(10例)、 広島県(4例)、 大阪府(2例)、 鳥取県(1例)で届け出された(図1)。鳥類飼育施設での集団発生は国内でこれまで例がなく、 鳥のオウム病検査、 検出されたC. psittaci の分子疫学的検討(本号4ページ参照)、 環境の調査が行われた。また、 職員93名の血清学的検査等が行われた結果、 届け出患者以外にインフルエンザ様症状2名、 無症状6名、 計8名の職員の感染が明らかとなっている(本号3ページ参照)。
検査法の問題点:感染症発生動向調査では報告の基準を、 (1)病原体の検出:痰、 血液、 剖検例では諸臓器などからの病原体の分離など、 (2)病原体の遺伝子の検出:PCR法、 PCR-RFLP法など、 (3)病原体に対する抗体の検出:間接蛍光抗体(IF)法で抗体価が4倍以上(精製クラミジア粒子あるいは感染細胞を用いた場合は、 種の同定ができる)など、 としている。患者咽頭材料や鳥からのC. psittaci 分離は可能であるが、 細胞培養を必要とすることや、 実験室内感染防止の観点から、 実施できる施設は限られている。PCRでの遺伝子検出もまだ普及していない。報告例の診断方法をみると、 その大半が補体結合反応(オウム病CF)による血清診断でなされている。オウム病CF法は従来より用いられている方法であるが、 クラミジア属抗原を用いるためC. trachomatis やC. pneumoniae など他のクラミジア感染既往による偽陽性があり、 C. psittaci 感染を特定するには問題がある。より正確なオウム病の診断と実態把握のため、 CF法で陽性となった場合は、 micro-IFでのC. psittaci 特異抗体測定などによる確定診断を行うべきである。検査は地方衛生研究所や国立感染症研究所で実施している。今後はELISA法などのより簡便で特異的な検査法の開発が望まれる。
予防対策:現在、 わが国では300万世帯で愛玩鳥が飼育されていると推定され、 健康(無症状)鳥類の30〜50%がC. psittaci を保有しているとの報告もある(日吉ら、 1994年日本獣医学会報告)。野鳥についても同様に保有率が高いことが報告されている(三宅ら、 感染症学雑誌 Vol. 60, No. 5, 473-477, 1986)が、 人への感染例はほとんど報告がない。かなりの数の感染鳥が飼育されていると推定されるのに対しオウム病患者報告数は非常に少なく、 人の不顕性感染率やオウム病発症要因については不明な点が多く、 今後の研究調査の発展が待たれる。
国内の鳥獣飼育施設は数百にのぼり、 直に動物と触れ合う展示方法いわゆる「触れ合い」を行っている施設も多い。これまでわが国では農林水産省動物検疫所長通知「オーム・インコ類の輸入検査について」(昭和61年4月3日61動検甲第 463号)、 厚生省生活衛生局乳肉衛生課長通知「小鳥のオウム病対策について」(昭和62年10月7日衛乳第47号、 http://www.forth.go.jp/mhlw/animal/page_b/b04-1.html)などの対策が講じられてきた。上記の島根県における集団発生事例を受けて、 厚生労働省は各自治体に「小鳥のオウム病対策の徹底について」(平成14年1月17日健感発第 0117002号、 本号7ページ参照)を出して注意を喚起しているところである。
抗菌薬による発症鳥類の治療についてはいくつかの処方が実施されており(CDC, MMWR Vol. 49, No.RR-8, 2000)、 不顕性感染鳥に抗菌薬を投与し除菌する試みも行われている(本号5ページ参照)。しかし、 オウム病の予防対策として、 鳥類から完全にC. psittaci を除菌することは現実的ではない。
今後、 オウム病集団発生予防のためには、 全国の鳥獣飼育施設で鳥類の検疫、 飼育・展示方法の改善、 鳥の健康モニタリングなどの適切な衛生管理体制を確立することが望まれる。一方、 個々人のオウム病感染予防のためには動物取り扱い業者や一般の飼育者への知識の普及啓発を行い、 オウム病の迅速診断のためには医師・獣医師のオウム病に対する認識を高める必要がある。