The Topic of This Month Vol.26 No.2(No.300)

髄膜炎菌性髄膜炎 1999〜2004

(Vol.26 p33-34)

髄膜炎菌(Neisseria meningitidis )はグラム陰性の双球菌で、ヒトの咽頭に定着し飛沫感染により伝播する。髄膜炎菌はインフルエンザ菌や肺炎球菌と並んで化膿性の髄膜炎を引き起こす病原菌として知られている。しかし、その中で流行性の髄膜炎を起こす病原菌は髄膜炎菌のみであることから髄膜炎菌性髄膜炎は流行性髄膜炎とも呼ばれている(本号3ページ参照)。

日本における髄膜炎菌性髄膜炎のサーベイランスは2003年11月に改正施行された感染症法に基づく感染症発生動向調査において5類感染症に分類され、全数把握対象となっている。わが国では小児の髄膜炎の起炎菌としてはインフルエンザ菌が圧倒的に多く、次いで肺炎球菌、B群レンサ球菌、大腸菌となり(IASR 23:31-32, 2002参照)、髄膜炎菌によるものは非常に稀な感染症として認識されている。しかし、海外では、アフリカ等の発展途上国から英国や北欧諸国、米国といった先進国に至るまで患者がみられ、WHOによれば毎年全体で50万人もの患者と5万人もの死亡者が報告されている。航空機の発達でボーダーレスとなっている今日では、海外の髄膜炎菌性髄膜炎の流行は対岸の火事ではないと考えられる。今後の本症の発生予防対策のためにも国内での髄膜炎菌性髄膜炎の発生動向を把握しておく必要がある。

髄膜炎菌性髄膜炎の経年発生動向:感染症法施行前は伝染病予防法に基づき「流行性脳脊髄膜炎」として患者届出が行われていた。伝染病統計によると、終戦(1945年)前後には日本では4,000例を超える報告があったが、ワクチン導入といった積極的対策は講じられていないにもかかわらず、戦後発生数は激減し、1969年以降年間100例に満たない報告数となった(図1)。1978年以降は30例をきり、1990年代に入ると一桁台の報告数にまで減少した。感染症法が施行された1999年以降は8〜22例の報告がある(図1)。

感染症発生動向調査:1999年4月〜2004年12月までに髄膜炎菌性髄膜炎患者82例が届けられた。82例のうち、届出時点での死亡例は8例であった(図2)。またオーストラリアへの渡航歴があった1例(と不明5例)を除きすべて国内感染例であった。

血清群別発生状況:髄膜炎菌は莢膜多糖体の糖鎖の違いにより13血清群に分類されており、ワクチン導入時の重要な疫学情報となる(本号3ページ参照)。患者届出時点で髄膜炎菌の血清群が記載されていたのは9例(A群2例、B群7例)のみであった。届出後に各自治体へ問い合わせた情報を追加しても、半数近くが血清群不明であった。血清群が判明したもののうち、B群が22例と最も多く、次いでY群が15例となっている(図3)。

研究班で行われた過去30年間の国内分離株の調査結果でもB群とY群が全体の70%以上を占めていた(本号4ページ参照)。海外での主要な血清群はA群やB、C群である場合が多い(本号3ページ参照)のに対し、B群、Y群が多いのはわが国に特徴的である。一方、A群は過去30年間の髄膜炎菌182株中には1株も認められていない(本号4ページ参照)が、1999年以降に3株分離され、そのうち2株は患者本人もしくは近親者に中国への渡航歴があり、Multilocus sequence typing(MLST)法による分子疫学的分類によっても中国で近年流行のあった遺伝子型と一致した(本号5ページおよびIASR 24: 264, 2003参照)。C群は1例のみが東京都から2003年に報告されており、国内報告例としては非常に珍しい(IASR 25: 207, 2004参照)。

月別発生報告数:アフリカ赤道直北の「髄膜炎ベルト」と呼ばれる髄膜炎菌感染症のハイリスクエリアでは乾季に罹患率が非常に高いという報告がある(http://www.who.int/emc-documents/meningitis/whoemcbac983c.html)。わが国では大きな季節変動はないが、やや冬季(2〜3月)と梅雨(6〜7月)に多い(図2)。伝染病統計によると過去も同様の傾向が認められており、その傾向が報告例の激減した現在においても存在している可能性はある。

性別年齢分布:わが国では患者は4歳までの乳幼児が最も多く、次いで15〜19歳が多い(図4)。患者数の多い先進国(英国、米国等)でも2歳までの乳幼児および寮で生活する大学生が最も多いとされている。また、わが国では男性の患者数(59例)は女性の患者数(23例)を大幅に上回っていた。一方、海外では患者に性差があるという報告はなく、男性患者が多い傾向は日本特有の可能性も考えられる。

都道府県別発生状況:患者発生状況を都道府県別に見ると、23都府県で発生しており、東京都と神奈川県からの報告がそれぞれ20例、15例と圧倒的に多く、次いで千葉(6例)、愛知(5例)、福岡(5例)となっている。首都圏や人口の多い地域に発生件数が多いことは髄膜炎菌が人から人へのみ伝播されることを考慮すると、人の往来の激しい地域であることを反映しているとも考えられるが、その詳細はさらに例数を蓄積して解析する必要がある。

髄膜炎菌性髄膜炎はワクチンによって予防可能な疾患であり、その効果は血清群特異的である。現在、わが国においては、髄膜炎菌性髄膜炎の患者数は少数であるので、緊急にワクチンを導入する蓋然性は低いと考えられる。しかし、世界的には患者数も多く、国民が罹患する機会が増えてくる可能性はある。それらの状況への未然対応という観点から、わが国で分離される髄膜炎菌の血清群別解析の情報は貴重なものとなる。現時点では、全分離菌株の血清群が調べられている訳ではないので、今後病原体サーベイランス体制の強化が必要となる。各医療機関および検査機関においては髄膜炎菌の血清群別検査を積極的にお願いしたい。また、感染研ではMLST法により詳細な髄膜炎菌の解析を行っており(本号4ページ参照)、血清群別が困難な場合も含めて感染研に菌株をご送付いただけると幸いである。

現行の感染症法では髄膜炎菌性髄膜炎の届出基準は診断した医師の判断により、症状や所見から当該疾患が疑われ、髄液からの髄膜炎菌の分離・同定などにより病原体診断がなされたものとされ、敗血症患者等の血液から髄膜炎菌が分離された場合については明記されていない。しかし、菌血症状態から引き続き髄膜炎が発症する危険性もある。今後は髄膜炎菌感染症全体を把握する体制を強化するため、届出基準の見直しが現在検討されている。

WHOは、曝露後の抗菌薬予防投与はWHOでは家族、寄宿学校の生徒といった小規模集団内の感染拡大を防止するうえで適当であるとしている(http://www.who.int/emcーdocuments/meningitis/whoemcbac983c.html)。また、CDCも、家族内や療養施設といった環境下の人々の感染率は通常より500〜800倍も高くなることから、リファンピシンを始めとする抗菌薬の予防投与を推奨している(http://www.cdc.gov/epo/mmwr/preview/mmwrhtml/00046263.htm)。しかし、現時点ではわが国では抗菌薬の健常者への投与に関し保険適用がないため、保健所等からの特別な指導が無い限り予防投与は実施されていない。わが国でも曝露後の抗菌薬予防投与のガイドラインの検討が必要であろう。

現在、国内では髄膜炎菌ワクチンは市販されていないため、ごく限られた施設以外では接種できない。髄膜炎菌性髄膜炎の流行地へ渡航する場合には、渡航前に医師が個人輸入したワクチンを接種してもらうか、渡航先でワクチン接種を受けるしかない。

最近、中国、フィリピン等の近隣国で髄膜炎菌性髄膜炎が流行している現状を考えると、決して稀な疾患ではないという認識を持つ必要がある。

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