The Topic of This Month Vol.31 No.7(No.365)

多剤耐性アシネトバクター
(Vol. 31 p. 192-193: 2010年7月号)
                      *** 表1の訂正追加はこちら ***

アシネトバクター属菌(以下、アシネトバクター)は、土壌、河川水など自然環境中からしばしば分離される環境菌である(本号3ページ)。細胞侵入性は示さず、外毒素などの特定の病原因子を産生しないため、弱毒菌とみなされているが、緑膿菌などと同じグラム陰性桿菌であり、内毒素であるエンドトキシン(リポ多糖)を産生するため、何らかの原因で、血流中に侵入するとエンドトキシンショックや多臓器不全などを誘発し、患者が死亡することもある。

アシネトバクターは、好気性のブドウ糖非発酵グラム陰性桿菌に属するが、Acinetobacter baumannii は、他の種と異なりブドウ糖を有酸素下で酸化的に分解することができる。

院内感染の原因菌としての認知:1980年代の後半から、A. baumannii は、病院や医療施設での院内感染の原因菌の一つとして徐々に注目されるようになってきた。特に、集中治療室で人工呼吸器を装着されている患者の肺炎(ventilator associated pneumonia: VAP)の起因菌として警戒の対象となっている。A. baumannii に近縁のgenomic species 3と13TUが感染症の主たる起因菌となる事例はA. baumannii より少ないとされている。

多剤耐性株の出現:1990年代に入るとドイツやアメリカなどで、フルオロキノロン、広域セファロスポリン、イミペネム、アモキシシリン+クラブラン酸、アミノ配糖体など広範囲の抗菌薬に耐性を獲得した多剤耐性A. baumannii が臨床検体から分離されるようになり、医療現場で大きな関心事となり始めた。また、2002年頃よりイラク戦争に従軍し負傷した将兵で、多剤耐性A. baumannii による血流感染症や創部感染症の多発が大きな問題となり、一般にも広く知られるところとなった。

さらに、広範囲のアミノ配糖体に超高度耐性を獲得した株が中国や米国などで増加しつつあり、今後の広がりが警戒されている。

海外での多剤耐性株の検出状況:米国では、1990年代から多剤耐性A. baumannii によるVAPが急激に増加傾向にあるが、起因菌の多くは、欧州で広がっているものと遺伝的に同等、あるいは近縁のクローンであると推測されている(本号3ページ)。最初に多剤耐性A. baumannii が問題となった欧州とともにアジア地域でも中国や韓国、東南アジア各国から多剤耐性A. baumannii の検出や、それによる感染症の多発(アウトブレイク)が報告されるようになった(本号5ページ)。

多剤耐性株の国内検出状況:欧米に比べると稀であるが、多剤耐性を獲得したA. baumannii の国内検出事例としては、公表されているものとして、2008年福岡県(本号6ページ)、2009年千葉県(本号8ページ)、2010年愛知県(本号9ページ)の病院で輸入例から検出され、福岡の事例では集中治療室で患者26例のアウトブレイクを起こした。

2000年7月に開始された厚生労働省の院内感染対策サーベイランス(Japan Nosocomial Infections Surveillance: JANIS)事業の中の検査部門サーベイランスデータの2007年7月〜2009年12月の集計では(本号10ページ)、報告された全菌株数3,218,820株中で、2.2%がアシネトバクターであった。アシネトバクターの中でA. baumannii と報告された菌株が約60%と最も多かった。報告されたアシネトバクター71,657株中98株(0.14%)が多剤耐性と判定され、その約半数はA. baumannii であった(表1)。多剤耐性アシネトバクターは9割が入院患者から分離されていた。現時点での国内における多剤耐性A. baumannii の分離率は、極めて低いことが裏付けられている。

多剤耐性株の分子疫学A. baumannii を型別する方法としては、1980年代より生物型や遺伝型など様々な手法が用いられてきた。その結果、欧州で蔓延しつつある多剤耐性のA. baumannii 株については、2000年代に入りamplified fragment length polymorphism(AFLP)解析により、pan-European clonesと呼ばれる特定の遺伝子型の株の蔓延が確認されるようになり、これまでに流行しやすい遺伝子型として、European cloneのI〜IIIまでが認知されている。また、最近では、(gltA gyrB gdhB recA cpn60 gpi rpoD )や(cpn60 fusA gltA pyrG recA rplB rpoB )などの7つのhouse keeping遺伝子などのセットの遺伝的多型性に基づく遺伝的型別法として、multi locus sequence typing(MLST)解析が採用されるようになった。現在、世界中に広がりつつあるEuropean cloneIIは、MLSTによる型別では、ST92(以前はST22とされていた)や、それを含むclonal complex 92(CC92)に属するものが多く(本号5ページ)、欧米のみならず、中国などアジア地域でも蔓延が確認されており、最近、わが国でも散発的ではあるがCC92に属する株が検出されている。複数の遺伝子の多型性に注目した多剤耐性アシネトバクターのST型分類法(MLST)などを表2に示す。

多剤耐性株による感染症の治療:OXA型カルバペネマーゼを産生する多剤耐性アシネトバクターによる感染症は、日本でグラム陰性桿菌による感染症の治療薬として健康保険が適用されているほぼすべての抗菌薬の効果が期待できないため、この耐性菌による感染症の治療には、欧米ではコリスチンやポリミキシンBなどの注射薬が用いられることが多い(本号3ページ)。しかし、わが国では、これらの抗菌薬の注射薬は未承認のため、投与が必要な症例では、医師が個人輸入して投与する場合もある。しかし、隣国の韓国などでは、既にコリスチンやポリミキシンBに耐性を獲得した多剤耐性アシネトバクターが高い頻度で分離されており、それらによる感染症に対しては、効果が期待できる抗菌薬は極めて限られるため、大きな問題となりつつある。また、MRSA用に認可されているアルベカシンなどが投与される場合もある(本号9ぺージ)。しかし、千葉県の症例で分離されたようなArmAを産生する株に対しては、アルベカシンの効果も期待できない。なお、この症例では、ミノサイクリンの投与により一時的に菌の陰性化に成功したが、後日、再度検出されるようになり、除菌には成功しなかったと報告されている(本号8ページ)。

まとめ:日本ではまだ多剤耐性アシネトバクターの検出率は低いが、上記の院内感染集団発生を起こした輸入例のように、世界では多剤耐性アシネトバクターが拡がっていることから、日本でも医療施設で発生するおそれがある。JANISによる耐性菌サーベイランスは今後より重要となる。

特にアシネトバクターは衣服、寝具、人工呼吸器、流し、ドアの取っ手などの環境中に長期に生存するため、対策が非常に困難であるので、個々の施設、地域、国のレベルでの院内感染対策を強化する必要がある。

A. calcoaceticus A. baumannii とは、遺伝的に近縁の関係にあり、日常的な臨床検査では、A. calcoaceticus-baumannii complexと同定される場合が多い。A. baumannii に遺伝的に極めて近いgenomic speciesとして、3と13TUが知られており、日常的な同定法では、A. baumannii との鑑別が難しいが、病原性の違いを考慮すると、検査室で実施可能な簡便な同定法の構築が必要である。

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