コレラはコレラ菌の経口感染による水様性下痢を主徴とする腸管感染症で、わが国もWHOも、コレラ毒素(CT)産生性のO1血清群およびO139血清群のVibrio cholerae の感染と定義している。
コレラは2007年4月の感染症法改正により、2類感染症から3類感染症に変更されたため、主な感染拡大阻止対策は入院勧告ではなく、健康診断の勧告や必要な場合の就業制限によっている。また、この改正により疑似症患者は届出対象からはずれ、患者および無症状病原体保有者は今まで通り届出対象である。従って、届出には菌分離とCTまたは毒素遺伝子(ctx )の確認による病原体診断が必須である。なお、同時に検疫法も改正され、2007年6月以降、コレラは検疫の対象ではなくなった。
国内の発生状況:感染症法と検疫法の改正前までは、年間50人近くあった報告数が改正後は年間30人以下となった(表1)。そのほとんどが渡航歴のある事例であるが、特記すべきことは食品の摂取を介したと考えられる国内事例が2件(患者・保菌者12人)2008年に発生したことである(IASR 30: 98-99, 2009および本号5ページ)(図1)。年齢分布をみると(図2)、国内例は50代以上が多く、平均年齢は男女とも65歳を超えていた(男性66.1歳、女性66.9歳)。渡航歴から海外での感染と考えられる国外例の年齢は20〜70代前半まで幅広いが、平均年齢は男性50.4歳、女性43.8歳と若い傾向が見られた。性別では国内例は男女ほぼ同数であるが、国外例は男性が女性の約2倍であった。海外での主な推定感染地はインド、フィリピン、インドネシア(バリ島)であった(表2)。国際保健規則の改正(IHR2005)に伴い、わが国のコレラ発生数は2007年以降、WHOに報告されていない。
2006〜2010年の分離菌の血清群は2例のO139を除きすべてO1で、その生物型と血清型をみると、2006〜2007年にエルトール稲葉型が16人から分離された(図1)。16人中13人はインド帰国者で、そのうち3人は稲葉と小川両型に感染していた(IASR 27: 233, 2006)。2008年以降の分離菌はすべてエルトール小川型であった。O139血清群コレラ菌の報告は世界的に少数となっているが、わが国では2006年9月に海外渡航歴の無い初の国内例(IASR 28: 86-88, 2007)、2008年6月に2番目の国内例が報告されている(IASR 30: 241-242, 2009)。
世界の発生状況:WHOへの公式報告によると、コレラ患者数は、2001〜2004年には減少傾向であったが、2005年から再び増加している。アフリカ中央部では難民キャンプを中心に流行がみられ、2008〜2009年にはジンバブエで推計患者数約10万人の大流行が起こった。
アジアはアフリカに次ぐコレラ流行地域であるが、2009年のWHOへの報告患者数は1,902人であり、多数のコレラが発生していると考えられるインド、バングラデシュ等からは報告されていない(本号6ページ)。
WHOへの報告数がアジア地域で3番目に多いタイでは、2007年にミャンマーとの国境地域で大流行が起き、また2010年にも南部で患者数2,000人に近い大流行を起こしている。隣接する地域からの難民や労働者の流入で、衛生状態が悪い地域において汚染した水あるいは食品を介した流行が広がっているようである。流行地域では数多くの無症状病原体保有者が存在し、その排泄物で汚染された水の摂取がコレラに対する免疫を持たない小児や高齢者などにコレラの流行を起こしている(本号8ページ)。
2010年1月12日に起こったハイチ共和国の大地震後、被災地域の衛生状態の悪化に伴いコレラの大流行が発生した。同年10月21日にコレラの最初の報告があり、1カ月後には患者が60,000人を超え、死者も1,400人を超えた。WHO地域事務局である汎アメリカ保健機構(PAHO)の最新の報告によれば、全世界からWHOへの2009年年間報告総数を上回る患者243,197人、死者4,626人となっている(2011年2月21日時点)。この流行から分離されたO1血清群コレラ菌は、地理的に近いペルーで分離された1991年の流行株よりもむしろ、2002、2008年にバングラデシュで分離された株と遺伝的に近縁であった[N Engl J Med 364(1): 33-42, 2011]。
中国では、2003年にWHOへの報告を開始して以来現在まではO139血清群コレラ菌が主流であり、2006年にはコレラ患者の7割以上がO139血清群コレラ菌によるものであった。その他の国ではタイ(2006〜2008年に11例)と米国(2009年に1例)がO139血清群コレラ菌によるコレラの発生をWHOに報告している。
現在のコレラ流行株:コレラは1961年から現在まで第7次世界流行が続いている。第6次世界流行までは分離されるコレラ菌の生物型は古典型であったが、第7次世界流行はエルトール型に変わっている。両者は生物学的性状のみならず、CT遺伝子の塩基配列およびアミノ酸配列にも違いがみられる。1993年以降、わが国ばかりでなく世界的にも生物型はエルトール型で、塩基配列およびアミノ酸配列が古典型のコレラ菌が分離されるようになった。この変異エルトール型菌は毒素の産生量が多く、病原性が強いという報告もある(本号5ページ)。
コレラワクチン:大災害や紛争地域の復興支援のために国外から流行地へ人員を派遣する場合には、有効性、効果の持続性ともに高い経口全菌体死菌ワクチンの使用をWHOは推奨している。今回のハイチ地震への自衛隊の派遣に際しても、経口死菌ワクチンの大規模接種が初めて行なわれたが、副反応は極めて少なかった(本号10ページ)。
おわりに:コレラの確定診断は、「コレラ菌検査の手引き」(昭和63年9月28日健医感発第62号、IASR 9: 219-220, 1988参照)に基づいて病原体診断を行う必要があるが、CT(ctx )の確認は地方衛生研究所で行うこととなっている。コレラの発生動向調査およびその汚染原因究明のためには、コレラ患者を見落とさないよう、コレラ様下痢症患者から病原体を分離して、その菌株の分子疫学的解析を行なうことが重要である(IASR 27: 8-9, 2006参照)。それら解析のために、臨床現場でV. cholerae が検出された際には、地研への菌株の送付をお願いしたい。