The Topic of This Month Vol.22 No.7(No.257)


クリプトスポリジウム症およびジアルジア症
(Vol.22 p 159-160)

クリプトスポリジウム(Cryptosporidium parvum )は胞子虫類に属する腸管寄生性の原虫である。糞便中に排泄されるオーシスト(直径4.5〜5.4X4.2〜5.0μm)を経口摂取することで感染する(資料1参照)。感染者1人が排出するオーシストは1010個にのぼる。臨床症状は主に非血性水様下痢、 腹痛、 食欲低下などである(本号3ページ参照)。クリプトスポリジウムに有効な薬剤は確立されていないが、 健常人では自然治癒する。一方、 免疫不全者では難治性となり、 重症例では直接の死因となる(本号4ページ参照)。また、 免疫不全者では胆嚢、 胆管や呼吸器系への感染が知られている。これまで、 ヒトへの感染はC. parvum 1種とされていたが、 遺伝子解析によりC. meleagridis (トリ由来)の人体寄生例が見つかった(本号5ページ参照)。今後も新たな病原種が追加される可能性がある。ちなみに、 AIDS患者ではすでにC. baileyi C. muris 、 その他の感染が報告されている。

一方、 ジアルジア[Giardia lamblia (異名G. duodenalis G. intestinalis );別名ランブル鞭毛虫]は鞭毛虫類に属する原虫で、 栄養型虫体は4対の鞭毛や吸着円盤など特徴的な形態を呈する(資料2参照)。増殖形態は無性生殖のみが知られている。嚢子は5〜8×8〜12μmで、 患者の糞便中に排出される。嚢子の経口摂取により感染し、 十二指腸から小腸上部に寄生するが、 胆道から胆嚢に及ぶこともある。主な臨床症状は非血性の下痢、 腹痛、 脂肪便などである(本号4ページ参照)。治療には主にメトロニダゾールが使われる。

クリプトスポリジウム症およびジアルジア症は1999年4月施行の「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)」に基づく感染症発生動向調査において、 4類感染症(全数把握疾患)に挙げられている。症状や所見から当該疾患を疑った医師は、 病原体診断で確認した患者を7日以内に最寄りの保健所を通じて都道府県知事に届けなければならない。

感染症法施行から2001年6月第2週までに届け出のあったクリプトスポリジウム症患者数は13名にとどまっている(表1)。そのうちの8名が国外感染例で、 主な推定感染地はインド亜大陸であった。一方、 ジアルジア症は同期間に209例が報告された。図1に月別・感染地別発生状況を示す。推定感染地はインド38、 タイ17など国外93、 国内84、 不明32であった。国内での患者発生に季節性は認められなかった。患者の性別年齢分布をみると(図2)、 わが国で届けられた患者はもっぱら成人に偏っており、 20〜34歳のピークに次いで50代にも低いピークが認められた。一方、 20歳未満はわずか7例のみであった。男女比は約3:1で男性が多かった。諸外国の報告ではジアルジア症は小児に多い感染症で、 近年の米国の罹患率調査でも0〜5歳に最大のピーク、 次いで幼児たちと接触の機会の多い年齢層の31〜40歳に第2のピークが認められている(CDC, MMWR, Vol.49, SS07, 2000)。今回の集計結果からは、 検査対象が開発途上国への渡航者など特定のリスクグループに偏っている可能性が示唆される。真の発生動向を知るためには、 検査対象を下痢症患者一般に広げていく努力が必要となろう。

患者糞便からの原虫検出に用いられた検査方法に着目すると、 クリプトスポリジウム症の検査では蛍光抗体染色法を含め、 検出効率を高める手法が用いられていた(表1)。これに対し、 ジアルジア症の検査では約75%は通常の鏡検が行われており、 集嚢子法や染色法など検出効率を高める手法が用いられていた例は25%程度に留まっていた。両原虫に対してはすでに蛍光抗体試薬が開発されており、 検出効率の向上に寄与している(ただし保険適用外)。なお、 原虫類検査法に関しては国立感染症研究所から「クリプトスポリジウム等を中心とした原虫性下痢症の診断マニュアル」が配布されており、 検査設備に応じた検査法が紹介されている(http://www.nih.go.jp/~tendo/atlas/japanese/manual/index.html)。

これらの原虫症は飲料水や食品を介して、 あるいは接触感染によって伝播するが、 4類感染症とされた主な理由は水道水を介した大規模集団感染防止には患者発生を早期に探知することが必須とされるからである。クリプトスポリジウム症に関しては米英を中心に1980年代中頃から現在にいたるまで水系集団感染が繰り返し報告されている。なかでも、 1993年の米国ウィスコンシン州ミルウォーキーの事例では40万人を超える住民に被害がおよんだ。ジアルジア症に関しても同様で、 米国では1965〜1980年のあいだに42事例もの水系感染が報告されている。わが国では1994年に神奈川県平塚市の雑居ビル(本月報Vol.15、 No.11参照)、 1996年には埼玉県越生町の町営水道(本月報Vol.17、 No.9参照)を介してクリプトスポリジウムの水系感染が起き、 後者では地域住民の約7割(8,812名)が罹患した。この事態を重く見て厚生省(当時)は1996年8月に「クリプトスポリジウム緊急対策検討会」(1997年8月に「水道におけるクリプトスポリジウム等病原性微生物対策検討会」に改組)を組織し、 同年10月に「水道におけるクリプトスポリジウム暫定対策指針(衛水第 248号厚生省生活衛生局水道環境部長通知)」を定め、 水道事業体および都道府県が当面講ずべき予防的措置や応急措置等を示した(1998年6月一部改正)。さらに、 1999年4月の感染症法の施行を期に、 クリプトスポリジウム症およびジアルジア症が4類感染症となり患者サーベイランスの強化がはかられた。

水系感染による事例以外では、 動物への感染実験に従事した9名が発症した事例(第7回動物の原虫病研究会抄録1993年4月)が知られるが、 散発例に関する情報はきわめて限られている(本号4ページ参照)。

クリプトスポリジウム等原虫類の水系汚染が問題とされる所以は、 汚染された場合に完全な消毒、 除去が困難なためである。すなわち、 通常の上水処理はクリプトスポリジウムに対して99.9%、 ジアルジアでは99.99%程度の除去効果とみられる。また、 原虫、 特にクリプトスポリジウムのオーシストは塩素消毒にきわめて強い抵抗性を示すため、 塩素による消毒ができない。厚生労働省は水道原水、 またはその他の水道および飲用井戸等から供給される飲料水で原虫類等が検出された場合、 「飲料水健康危機管理実施要領について」(1997年4月10日付、 衛水第162号水道整備課長通知)に基づいて報告することを求めている。これに伴い、 1999年4月〜2000年6月までに13都府県29河川での汚染が報告された(本号6ページ参照)。

加えて、 欧米では水泳プールにおけるクリプトスポリジウム汚染(糞便汚染事故)に注意が集まっている(本号13ページ外国情報1、&13ページ外国情報2参照)。塩素消毒が無効であることから、 クリプトスポリジウムによってプールが汚染された場合には集団感染の危険性が生じる。わが国においても水泳・水浴施設での衛生環境整備や下痢症患者の利用制限など、 さらに総合的な衛生管理強化が必要である。

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