アメーバ赤痢の病原体は寄生性の原虫である赤痢アメーバ(Entamoeba histolytica )で、 感染嚢子(シスト)に汚染された飲食物などを経口摂取することにより感染する。シストは小腸で脱嚢して栄養型となり、 大腸粘膜面に潰瘍性病変を形成する。栄養型は大腸内で被嚢し、 糞便中に排出されたシストが感染源となる。シスト排出期間は数年続く場合もある。感染者のうち症状を示すのは5〜10%で、 粘血便、 下痢、 テネスムス(しぶり腹)、 鼓腸、 排便時の下腹部痛などの赤痢症状を呈する。典型的症例ではイチゴゼリー状の粘血便を排泄し、 数日〜数週間の間隔で増悪と寛解を繰り返す。増悪例では腸穿孔を起こすこともある。また、 大腸炎症状を呈すもののうち約5%が腸管外病変を示す。特に、 肝臓・肺・脳・皮膚などに膿瘍を形成する。このうち肝膿瘍が最も頻繁にみられる。膿瘍が破裂すると、 重篤な症状を呈する。
旧伝染病予防法では、 「赤痢」に「細菌性赤痢」と「アメーバ性赤痢」が含まれており、 後者は赤痢症状を伴う者に加えて、 腸管外の病変をもつ者、 ならびに、 シストを排出している無症状者も含む広義の赤痢アメーバ症が対象とされていた。1999年4月に施行された「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)」では、 「アメーバ赤痢」は全数届け出義務のある4類感染症とされた。感染症発生動向調査の届け出基準では病型は腸管アメーバ症と腸管外アメーバ症に大別され、 腸管外アメーバ症例の届け出の必要性がより明瞭に示された。一方で、 無症状シスト保有者は届け出の対象から除外された(届け出基準はhttp://www1.mhlw.go.jp/topics/todokede/tp1018-1_11.html参照)。
患者発生状況:海外においては、 主に熱帯の開発途上国を中心に年間4,800万人の感染者が存在し、 年間の死亡数は約7万人と推定される(WHO、 1998)。わが国では、 主に男性同性愛者間(本号3ページ参照)および知的障害者等の施設(本号3ページ、 5ページ、 6ページ参照)において多くの国内感染例が見られ、 侵淫地からの輸入感染例はむしろ少ない傾向にある。欧米を中心としたいわゆる先進工業国では、 男性同性愛者および知的障害者における感染のほとんどが非病原性のE. dispar による。これに対し、 日本では大部分の感染がE. histolytica によるという固有の状況にあるが、 その理由は明らかではない。
1)感染症発生動向調査:感染症法に基づくアメーバ赤痢患者の届け出は1999年4月〜2002年12月の45カ月間に1,544例であった(図1)。2000〜2002年の年間報告数は377、 434、 457と若干上昇傾向にある。季節、 月ごとの消長は顕著ではない。感染者の90%は男性が占めており(表1)、 年齢は(図2)、 男性では50〜54歳が最も多く、 20代〜70代まで広く分布しているのに対し、 女性では25〜29歳にピークがみられる。都道府県別報告数をみると(図3)、 東京、 神奈川、 千葉、 愛知、 大阪、 兵庫などの大きな人口を抱える都府県に顕著な集積がみられる。感染地をみると、 64%は海外渡航歴がなく国内感染とされており(表1)、 19%が国外感染例と推定される。
2)死亡例:届け出のあった1,544件のアメーバ赤痢患者のうち、 届け出時点で11例が死亡している。これらはいずれも44〜73歳の男性であり、 女性の死亡例はなかった。4例に肝膿瘍、 1例に腸管穿孔の記述があるが、 それ以外の3例は腸病変を示唆させるのみで死因は特定できない。残りの3例は病変部位も特定できない。診断の根拠は病原体検査と血清学的検査の併用が2例、 病原体検査のみが5例、 剖検時の診断が4例であった。
3)感染経路:わが国のアメーバ赤痢患者の多くが他の性感染症(梅毒、 HIV感染症、 B型肝炎、 性器ヘルペスなど)を合併していることは既に多くの報告で指摘されている(本号3ページ参照)。届け出されたアメーバ赤痢患者の著明な性差、 大都市圏中心の発生分布、 国内感染が主であることは、 アメーバ赤痢患者の多くが男性同性愛者であるという従来の知見とよく合致する。しかしながら、 届け出された症例では性的接触による感染との報告は、 同性間・異性間合わせて全体のわずか27%にすぎない。感染予防の観点から感染経路の特定は重要であり、 今後とも正確な情報の入手に努める必要がある。また、 女性にも国内感染例がみられ(表1)、 性行動の多様化による国内での同性間・異性間感染の増加に注意すべきである。
診断および治療:ヒトの腸管に感染するアメーバのうち非病原性のE. dispar は治療の必要は無く、 E. histolytica との鑑別診断が重要であるが、 E. histolytica との形態学的鑑別は不可能である。
現在、 診断は、 (1)糞便、 大腸粘膜切片、 膿瘍穿刺液中の虫体(栄養型あるいはシスト)を検出、 (2)特異抗原検出、 (3)PCR法によるDNA検出、 (4)血清抗体検出による。さらに、 (5)大腸内視鏡ならびに超音波診断法、 CTスキャンなどの補助診断が用いられる。現在、 E. histolytica とE. dispar を鑑別する最も信頼のある方法は(2)および(3)である。E. dispar は組織侵入を起こさず、 血清反応では陰性であり、 (4)の血清反応陽性はE. histolytica の感染既往を示すが、 必ずしも現在の感染を証明しないことに注意すべきである(診断法の詳細は国立感染症研究所の赤痢アメーバ症診断マニュアル・http://www.nih.go.jp/niid/para/atlas/japanese/index.htmlを参照)。
現在の届け出基準では(1)〜(4)のいずれかの方法で原虫の存在を証明した場合に確定診断となるが、 (1)は熟練を要するため、 それ以外の(2)または(3)の病原体診断、 (4)血清学的診断との併用が薦められる。届け出を見ると、 (2)あるいは(3)はほとんどみられず、 また(1)と(4)の併用も5〜10%にすぎない。50%程度は、 病原体診断を行わず、 臨床症状と(4)の血清診断によっているのが現状である。
近年、 E. histolytica のDNA型別法が開発され、 これが感染経路の特定に有効であることが示されており(本号7ページ参照)、 今後の施設内・施設間でのアメーバ赤痢の発生拡大防止に役立つと考えられる。
アメーバ赤痢の治療は通常メトロニダゾールの経口投与により行われ、 治療効果は高い。一方、 無症状シスト保有者の治療の際には、 消化管からの吸収が低いとされる国内未認可のフロ酸ジロキサニドが用いられる(本号8ページ参照)。しかし、 シストへの殺虫効果が充分に得られない症例が散見される(本号3ページ参照)。
集団感染対策:感染症法施行後の届け出では、 知的障害者等の施設内感染との記述があったものはわずかに3例であった。これは発生届様式に適当な記入項目がないことも原因のひとつと考えられるが、 アメーバ赤痢と診断され、 集団感染が疑われる患者でも発生届が提出されない場合もあることを示唆している。多くの感染者は無症状であるため発見されず、 発見されても現行の届け出基準では無症状者は対象とされていない。集団感染防御には、 院内感染対策の一環として、 感染源となるE. histolytica シスト保有者を早期に発見し、 適切な診断・治療により施設内感染を未然に防ぐとともに、 迅速・正確な情報の共有により施設間での感染拡大を防ぐことが不可欠と考える。