The Topic of This Month Vol.25 No.2(No.288)

デング熱・デング出血熱輸入症例 1999.4 〜2003.12

(Vol.25 p26-27)

デングウイルスはネッタイシマカ(写真1)やヒトスジシマカ(写真2)の刺咬によりヒトに感染する(本号9ページ参照)。デングウイルス感染により、デング熱とデング出血熱/ショック症候群という2つの異なる病態を示す。デング熱は、発熱・発疹・痛み(関節痛)が3主徴であるが致死率は低い。これに対して、1953年にフィリピンで初めて確認されたデング出血熱は、発熱・出血傾向・循環障害を示し、適切な治療を行わないとショック死する危険性が高い。わが国ではデング熱は1942〜1945年にかけて西日本(長崎、佐世保、広島、呉、神戸、大阪)の諸都市で流行したことが報告されている。ウイルスは東南アジアから軍用船で帰国したデング熱患者によって国内に持ち込まれ、国内に生息するヒトスジシマカにより流行が引き起こされたと考えられている。現在、日本国内にはデングウイルスは常在せず、国内での感染はない。しかし、デングウイルスが常在する熱帯・亜熱帯地域の渡航先でデングウイルスに感染し、帰国後発症する輸入例が毎年相当数存在する(本月報Vol.21, No.6参照)。また、流行地域からの入国者がわが国で発症する例もみられる。

感染症発生動向調査:1999年4月に施行された感染症法では、デング熱は全数把握の4類感染症に指定され、2003年11月の法改正後には同じく全数把握の新4類に分類されている。感染症法施行後に届けられたデング熱患者は 159例で、全例輸入例であった。1999年(4〜12月)9例、2000年18例と少なかったが、2001年は50例、2002年は51例と増加した。2003年は31例であった(表1)。2001〜2002年に増加したのは、世界的な流行を反映していると思われるが、全数届け出疾患となったデング熱に対する医師の認識が向上し、デング熱と診断される症例が増加したことも影響していると考えられる。

月別患者発生状況は、渡航先の流行時期および日本からの海外旅行者数の変動、の二つの要因の影響を受けると考えられる。患者が増加した2001〜2002年は、夏季または春季に多い傾向が認められたが、2003年は重症急性呼吸器症候群(SARS)発生地域への渡航制限が海外旅行全体に影響を及ぼしたためか、そのような傾向が認められなかった(図1)。

患者の渡航先は25カ国/地域であった(表2)。東南アジアを中心としたアジア諸国が9割を占め、圧倒的に多く、特に2001〜2002年にタイ、インドネシア、フィリピンへ渡航して感染した例が目立った。オセアニアや中南米からの帰国者での発症もみられる。

都道府県別患者報告数は東京都が圧倒的に多く(本号5ページ参照)、神奈川県、大阪府がそれに次いでいる。これまで報告のない地域でも、流行地へ旅行した者については常にデング熱を鑑別診断として考慮することが必要である。

患者の男女比は3:2とやや男性に多い(表1)。患者の年齢は20代(44%)が中心で、30代(25%)、40代(18%)を合わせて87%を占めていた(図2)。

重症例:輸入デングウイルス感染症の増加に伴い、以前は極めて稀であったデング出血熱が2001年以降毎年2〜3例報告されている(表1)。デング出血熱の届け出基準は、デング熱の診断に加え、1)発熱、2)血管透過性亢進による血漿漏出症状、3)血小板減少、4)出血傾向、の4つの基準をすべて満たした場合、とされている(http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/kenkou/kansensyo/kijun.html参照)。また、デングウイルス感染後高度の神経障害を呈した症例も報告されている(本号7ページ参照)。今後は、出血熱や従来報告のなかった非典型的な症例にも留意する必要がある。

実験室診断:感染症法施行後、病原診断は各地方衛生研究所(地研)において実施可能となっているが、地研での検査件数は限られている。国立感染症研究所ウイルス第一部では病原診断のため、毎年多くの検体を受け入れているが、ウイルスまたは抗体陽性とされた症例数と届け出のあった症例数には乖離が見られた(表3)。デング熱はこれまで診断後7日以内に届け出ることとなっていたが、2003年11月の改正で新4類感染症は診断後直ちに届け出ることが全医師に義務づけられており、今後さらに医師に対し届け出への協力を求める必要がある。

検疫所でのデング熱診断検査:感染症法と同時に改正された検疫法ではデング熱が検疫感染症に加えられた。検疫所では流行地域から入国する者でデング熱が疑われる者に対して、診察および病原体検査が可能となった(本号4ページ参照)。

世界の状況とわが国での対策:この数年来台湾南部において夏季にデング熱が流行しており、ブラジルでも大きな流行がみられた(本号8ページ参照)。2001年にはフィリピンへの団体旅行で感染したデング熱患者3名が同じ病院に入院した事例が報告されている。この時の旅行参加者は現地でのデング熱流行を知らなかったということが述べられている(本号6ページ参照)。旅行関係者は渡航先の流行情報を旅行者に提供することが必要であり、旅行者自らも現地の流行情報に注意し、滞在中、蚊に刺されないようにする必要がある。デングウイルス媒介蚊のネッタイシマカは都市部に生息する蚊であり、ヒトスジシマカも郊外だけでなく都市部にも生息することから(本号9ページ参照)、流行地では都市部での感染が多いため、観光客だけでなくビジネスを目的とする渡航者も注意が必要である。一方、2001年9月からハワイで60年ぶりに発生したデング熱の流行は、輸入例に端を発し、島内に生息するヒトスジシマカにより伝播されたものである(本号8ページ参照)。現在、日本国内には媒介蚊であるヒトスジシマカが生息しており、その分布域は東北地方を北上しつつある(本号10ページ参照)。1940年代にわが国でもヒトスジシマカを媒介蚊としたデング熱が流行した事実とあわせて、ハワイでの流行はわが国のデング熱防疫体制に対する警鐘と考えるべきであろう。医師は世界のデング熱流行状況に注意し、輸入デング熱患者をいち早く診断し、直ちに届け出を行う必要がある。さらに、航空機や船舶によりウイルスを保有するネッタイシマカが侵入する可能性もある。2003年11月の感染症法改正により、新4類のデング熱が国内発生した場合、必要に応じて蚊の駆除などの対物措置が可能となっている(本月報Vol.25、1-2参照)。また、デング熱・デング出血熱患者においては、特に発熱時に高いウイルス血症が起こっていることが知られている。したがって、ウイルス血症期の患者の採血時には針刺し事故防止等、基本的な注意が必要である。

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