水痘-帯状疱疹ウイルス(VZV)は、ヘルペスウイルス科α亜科に属するDNAウイルスで初感染時に水痘として高率に発症する。その後、終生その宿主の知覚神経節に潜伏感染し、免疫抑制状態あるいは高齢化に伴って再活性化し帯状疱疹を発症する。水痘は通常、小児期に好発する予後良好な疾患であるが、細菌の二次感染(敗血症を含む)、髄膜脳炎、小脳失調、肺炎、肝炎などの合併症がある。成人あるいは妊婦が発症すると重症となる場合が多い。有効な抗ウイルス薬が開発され予後は改善したものの、現在においても免疫抑制状態下に発症すると時に致死的である。感染力は極めて強く、飛沫、空気、接触で運ばれたウイルスは上気道から侵入し、ウイルス血症を経て、約2週間の潜伏期の後、躯幹を中心に全身に皮疹が出現する。皮疹は紅斑から丘疹、水疱へと急速に進展し、その後痂皮化する。急性期にはこれらすべての段階の皮疹が混在することが特徴であり、すべての皮疹が痂皮化するまで感染力を有する。特徴的な皮疹により診断が容易であるため、ウイルス分離検査が行われることは少ないが、免疫抑制状態あるいは成人で発症した場合は通常の経過とは異なる病態をとる場合があり、ウイルス分離を含めた病原体診断が必要である。
水痘患者発生状況:図1に感染症発生動向調査による小児科定点あたりの水痘患者報告数を示す。1988年以降わずかながら患者数の減少が認められたが、2000年275,036人(定点当たり92.36人)、2001年271,409人(89.90人)、2002年263,308人(86.73人)、2003年250,561人(82.39人)、2004年第1〜49週現在220,543人(72.59人)で毎年ほぼ一定である。
報告患者の年齢は(図2)、過去20年間いずれの年も10歳未満が95%以上を占める。5〜9歳の割合が徐々に減少し、1〜4歳の割合が増加していたが、1995年以降はほぼ一定で、最近は5歳以下が約90%を占める。0歳は過去20年間約10%弱でほぼ一定の割合である。年齢別では1歳〜4歳まではほぼ同率で、0歳と5歳はそれよりやや少ない。
図3に小児人口(0〜9歳)と水痘および突発性発疹の定点あたり患者報告数を示した。突発性発疹の患者発生率は年度変化がなくほぼ一定で、季節的な変動もないことから、比較対照疾患として感染症発生動向調査開始時点から調査対象に加えられている。小児人口の減少に伴い、突発性発疹の患者報告数は減少していたが、1999年の感染症法施行以降、定点を小児科中心の医療機関に変更したことから、わずかながら患者報告数の増加が認められる。水痘は年別に患者報告数の増減はあるものの、突発性発疹と同様に小児人口の減少とともに患者報告数は減少傾向にあり、感染症法施行以降に患者報告数が増加している。また、水痘は毎年、突発性発疹の約2倍の患者数が報告されている。
週別患者報告数は、毎年、第25週頃から減少し、第36〜38週頃が最も少なく、第45週頃から増加するという一定の傾向が認められる。地域別にみると(図4)、北海道・東北・北陸では2峰性の流行パターンを示すのに対し、関東以南の地域においては、ピークがはっきりしないかあるいは1峰性の流行パターンを示した。九州・沖縄では1峰性でかつ患者が多い時期と少ない時期の報告数の差が他の地域に比して大きかった。
VZV検出数:1982年1月〜2004年10月の地方衛生研究所(地研)からのVZV検出報告は737例であった(2004年10月25日現在報告数)。水痘は病原体サーベイランスの対象になっていないため、地研からの報告は研究レベルでの検査による。水痘ワクチン導入前は年間50〜 100前後の分離報告があったが、その後減少し、最近では年間6〜11例にとどまっており、検出方法もPCRがほとんどである。
水痘ワクチン:世界に先駆けて高橋らによって開発された岡株水痘ワクチンは(本号3ページ参照)、世界保健機関(WHO)によって安全性、有効性ともにもっとも望ましい水痘ワクチンであると認められ、多くの国で1歳以上の小児に接種されている(本号13ページ参照)。自然罹患の水痘を予防することはその後の帯状疱疹の発生率を減少させることが予想される。さらに2004年にワクチンの適用が拡大され、水痘特異的細胞性免疫を高めることにより、高齢者の帯状疱疹の予防に用いることも期待されている。ワクチン1回接種後の抗体陽転率は、健康小児で95%以上、白血病患児で90%以上と高く、水痘ワクチンの有効率については、軽症まで含めると80〜85%、中等度および重症者でみると95〜100%とされている(本号3ページ参照)。接種後の副反応は、ゼラチンが含有されていた頃はアレルギー反応が散見されたが、除去後は極めて稀である。免疫不全者に接種した場合、接種2〜3週間後に水疱が出現する場合がある。すべての子供に予防接種を推奨している国は、2004年時点で米国以外に韓国、カナダ、オーストラリア、フィンランドなどがあり(本号13ページ参照)、定期接種を導入した国においては、水痘罹患例のみならず、入院例の著明な減少、水痘関連の医療費、死亡率の低下が認められている(本号5ページ参照)。一方、わが国の水痘ワクチン生産量は表1に示すとおり、1987年に任意接種として1歳以上にワクチンが導入された当初より年間約20〜30万人分であり、麻疹ワクチン生産量の約1/4 である。接種率は25〜30%程度と考えられる(本号5ページ参照)。
現在の問題点:堺市と金沢市での調査では、保育園児における接種率は7.6〜13%程度と低く、ひとたび集団内で患者が出ると、ワクチン接種を受ける年齢に達していない0歳児クラスを含めた大規模な園内流行に繋がっている(本号7ページ & 9ページ参照)。保育園欠席の平均日数は約1週間、保護者が仕事を休んで看護にあたることによる負担が示されている(本号9ページ参照)。島根県出雲市での調査に基づくと、直接医療費と家族看護に関する費用の総額(疾病負担)は、日本全体の年間患者数を84万人とすると、全国でおよそ439億円と推定され、2003年度の麻疹に係る疾病負担の約5倍であった(本号14ページ参照)。疾病負担の約8割は家族看護の費用であるが、これらを含めた罹患に伴う費用/予防接種に関する費用の比率は、平均 4.4〜 5.9と高い数値を示している(本号14ページ参照)。水痘患者の院内発生は毎年起こっており、成人の抗体保有率は約95%と高いが(本号11ページ参照)、医療従事者が感受性者である場合の影響は大きい。院内発生時の感染対策に要する労力と費用、免疫不全者に二次感染が起こった場合の影響を考えると、医療従事者に対するワクチン接種も重要である(本号11ページ参照)。
今後の対策:現在のわが国におけるワクチン接種率は流行を抑制するには不十分であり、全国約3,000の小児科定点からの患者報告だけでも毎年20万人を超えている。既に定期接種に導入されている国々において重症例の著明な減少が報告されていることに加え、今年、米国と欧州の研究者の組織Euro Varでも欧州における定期接種化にむけた合意がまとまったことは、今後わが国の対策を考える上でも重要と考える。医療経済学的効果も示されており、現在の流行規模の大きさ、重症例の実態を考慮すると、ワクチン接種率を上昇させることが必要である。しかし、接種率が不十分であると患者年齢の上昇に繋がるため、高い接種率を達成する必要がある。移植医療の進歩に伴い免疫抑制剤投与中の患者が増加し、腎疾患や自己免疫疾患等の治療にステロイド剤の投与を受けている患者も少なくない。基礎疾患のためにワクチンを受けることができない者の水痘罹患予防には、流行そのものを抑制する以外方法はなく、ワクチン接種率の向上が求められる。