E型肝炎は、ヘペウイルス科(Hepeviridae )ヘペウイルス属(Hepevirus )のE型肝炎ウイルス(HEV)の感染による急性肝炎である。典型的症状は黄疸であり、慢性化しないことなどA型肝炎との共通点が多いが、A型肝炎より致死率が高いといわれており、特に妊婦での致死率は20%との報告もある。いわゆる途上国では患者の糞便中に排泄されたウイルスによる経口感染が主で、常時散発的に発生しており、時に飲料水を介する大規模集団発生が報告されている。一方、日本をはじめ世界各地で各種動物でのHEV感染が明らかにされ、E型肝炎は動物由来感染症として注目されている(IASR 26: 193-194, 2005参照)。
HEVは現在4つの遺伝子型(G1〜G4)が知られており、途上国でヒトの集団内で流行しているウイルスは主にG1である。G2はこれまでにメキシコ、ナミビア、ナイジェリアでの流行が報告されているが、最近流行はみられていない。これに対し、G3とG4はヒトと動物の両方に感染する。血清型は1つと考えられている。
わが国ではE型肝炎は、1999年4月から感染症法に基づく感染症発生動向調査において全数把握の4類感染症「急性ウイルス性肝炎」として全医師に診断後7日以内の届出が義務付けられた。その後2003年11月の同法改正に伴い、「E型肝炎」として独立した4類感染症となり、診断後直ちに届出が必要となっている(報告基準はhttp://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/kenkou/kansensyo/kijun.html参照)。
年別および月別発生状況:1999年4月以降にE型肝炎と報告され、HEV感染が確認された患者は、1999年(診断日が4〜12月)無し、2000年3例、2001年無し、2002年16例、2003年30例、2004年37例、2005年(同1〜8月)32例(2005年9月8日現在報告数)、計118例で、国内での感染が推定される患者(国内例)の報告が2002年以降急増した(図1)。一方、国外で感染したと推定される患者(国外例)の報告も2003年以降増加している。報告数の増加は、最近、RT-PCR法によるHEV遺伝子検出およびELISA法によるIgM抗体検出での確定診断が可能となった(本号3ページ参照)ことを反映していると考えられる。診断日を月別に図2に示した。季節性は明らかでない。診断までに要した日数をみると、初診から10日以内に4分の1、19日以内に2分の1、28日以内に4分の3の患者が診断されており、多くの日数を要していることがわかる。
性別年齢分布:男性101例(国内例71例、国外例28例、不明2例)、女性17例(国内15例、国外2例)と、国内例、国外例とも圧倒的に男性が多い。国内例は男性が50代後半、女性は60代後半をピークに、ともに中高年が多いのに対し、国外例は20代〜30代前半が多い(図3)。
診断検査法と遺伝子型:1999年4月〜2005年8月に診断された118例に用いられた検査法は、遺伝子検出が33例、抗体検出が102例であった(重複を含む)。遺伝子型が報告された症例(届出後に判明した症例を含む)は17例で、国内例はG3が12例、G4が4例、国外例ではG3が1例(推定感染地はタイ)であった。
推定感染地:国内例について都道府県別報告状況を図4に示す。2002〜2005年8月までに30都道府県から報告されている。北海道では毎年報告があり、全国の約3分の1を占めている。国外例の主な推定感染地はアジアで、中国が最も多く、インドがこれに次いで多い(表1)。
食品からの感染:1999年4月〜2005年8月に診断された国内例86例のうち16例はブタの肝臓など、13例はイノシシの肝臓、肉など、7例はシカの生肉の喫食が推定感染経路として記載されていた。最近報告された食品媒介が疑われる集団感染事例を挙げる。
1)兵庫県では冷凍生シカ肉を喫食した5家族8名中4名が2003年4月に発症し、急性期血清からHEV-IgM抗体およびHEV遺伝子が検出された。冷凍生シカ肉残品から検出されたHEV G3の塩基配列は患者から検出されたHEV遺伝子とほぼ一致した(本号4ページ参照)。
2)福岡県では野生イノシシ肉を喫食した11人中1人が2005年3月に発症し、イノシシ肉残品からHEV G3が検出され、患者血清から検出されたHEV遺伝子の塩基配列と一致した(本号5ページ参照)。
3)北海道では2004年9月に発症した患者が10月に劇症肝炎で死亡した。その後の調査および検査で、患者とともに喫食した家族・親戚グループ14名中3名、同じ飲食店で喫食した別のグループ9名中1名の感染者が確認され、食品からの感染が疑われたが、原因食品は特定できなかった(本号6ページ参照)。1名からはHEV G4が検出された。
4)三重県では2005年6月下旬に4名の患者が散発例として届けられた。うち3名から検出されたHEV G3の系統解析により2株は高い相同性が認められた。加熱不十分の生肉の喫食が原因と推定されたが、共通の感染源を特定することはできなかった(本号7ページ参照)。
動物でのHEV感染状況(本号9ページ参照):途上国、先進国を問わずブタのHEV感染は高率にみられている。日本国内の調査でも2〜3カ月齢のブタの血清や糞便からHEV遺伝子が高率に検出されており、また、各地の野生イノシシでHEVが広く侵淫していることも明らかにされている。一方、兵庫県ではシカ肉からHEVが検出されたが、他地域のシカの調査ではHEV陽性例はみられず、抗体陽性例もわずかであった。
HEV感染予防:最近、動物の肝臓・生肉喫食によるHEV感染が明らかとなったことから、厚生労働省はホームページに「食肉を介するE型肝炎ウイルス感染事例について(E型肝炎Q&A)」を掲載し、注意を喚起している(平成16年11月29日食安監発第1129001号医薬食品局食品安全部監視安全課長通知http://www.mhlw.go.jp/topics/syokuchu/kanren/kanshi/041129-1.html)。ブタならびに野生動物の肉・内臓の生食を避け、十分加熱調理して喫食することを狩猟者、食肉関係者および消費者に周知徹底することが重要である。
また、A型肝炎同様、流行地へ渡航した際には飲み水に注意し、加熱不十分な食品の喫食を避けることが必要である。なお、E型肝炎ワクチンは開発中である。