The Topic of This Month Vol.27 No.1(No.311)

コレラ 2002〜2005

(Vol.27 p 1-2:2006年1月号)

現在のWHOの報告基準では、コレラ毒素(CT)産生性のVibrio cholerae O1およびO139が確認された症例をコレラと定義している。日本も同じ定義を用いており、当該菌が確認されない患者は疑似症として報告される。O1またはO139抗血清に非凝集性のV. cholerae V. cholerae non-O1, non-O139あるいはnon-agglutinable Vibrio (ナグビブリオ)と総称されている。

1961年から今日まで続いている第7次世界流行のコレラは生物型がエルトール型のV. cholerae O1によるものである。この間、1991年にはそれ以前には流行の見られなかった南米でもV. cholerae O1による大流行が起こり、また、1992年にはインドでV. cholerae の新しい血清群O139による流行が見られている。わが国では、最近はコレラに罹患しても多くは軽い水様性の下痢や軟便で経過することが多いが、コレラは激しい水様性下痢とそれに伴う脱水症状により死に至ることがあるという認識が必要である。また、基礎疾患により重篤化することがあり、2004年には三重県で胃を切除した54歳の男性がエルトール小川型で死亡している(本号6ページ参照)。

コレラ患者発生状況表1に示すように、コレラの年間発生総数は1999年の感染症法施行後、約40例であったが、2003年には15例、2004年には78例と変動している。輸入例は例年25例前後で推移していたが、2004年は67例と多く、それは、6、7月にフィリピンからの帰国者に多数の患者がみられたことによる。

V. cholerae O1は、小川型および稲葉型の2つの血清型に分けられるが、2000〜2002年にかけて稲葉型の分離が顕著になった(IASR 23: 219-220, 2002参照)。同時期に稲葉型が分離された患者の推定感染地は(表2)、タイ、ネパール、シンガポール、中国、ベトナム、インドネシアであった。特にタイからの帰国者11例から分離された菌すべてが稲葉型であった。また、2001、2002年の国内例26例中、稲葉型によるものが24例であったことも特記すべきことである(図1)。2003年の稲葉型の分離は7例で、すべて国外例であった(表2)。インドからの帰国者はすべて小川型であった。2004年もタイからの帰国者からは引き続き稲葉型の検出が多く、国内例も4例が稲葉型であった。また、2003年まで稲葉型がみられなかったインドからの帰国者6例からも稲葉型が検出されている。2005年には稲葉型は7例で、すべて国外例であった(インド3例、パキスタン2例、台湾、ミャンマー各1例)。一方、2005年の国内例9例はすべて小川型であった(図1)。

2002〜2005年の国内例37例の年齢は26〜87歳(平均59.5歳)で、ほとんどが40歳以上で、60歳以上が49%であった。それに対し、国外例129例では19〜78歳(平均43.2歳)で、40歳未満が46%、60歳以上が18%であった(図2)。国内例は東京都で10例、千葉県で8例、青森県、神奈川県、愛知県、三重県で各3例、宮城県、福島県、埼玉県、石川県、静岡県、兵庫県、沖縄県で各1例ずつの発生であり、いずれも散発事例であった。

V. cholerae O139の発生状況:WHOの報告では、V. cholerae O139はアジア地域で分離されたV. cholerae (O1+O139)のうちおよそ15%を占めているが、中国では2003年に分離V. cholerae の83%(185例)、2004年には59%(142例)と多数を占めていた(本号16ページ参照)。わが国では1997年9月以降5年間分離報告がなかったが、2002年10月に横須賀市でインドからの帰国者から分離された(IASR 23: 315, 2002参照)。また、2004年8月には山形県で中国からの帰国者2例から分離されている(本号9ページ参照)。

CT産生性ナグビブリオ:ナグビブリオによる下痢症の場合は感染症法では5類感染症の感染性胃腸炎として、また、食品衛生法では食中毒として届け出される。2002年以降、CT産生性のV. cholerae O141によるコレラ様下痢症の国内例が3例(本号10ページ10ページ参照)、CT産生性のV . cholerae O8による国内例が1例(IASR 25: 10, 2004参照)報告されている。また、食品からもCT産生性のV. cholerae O49が検出されている(本号10ページ参照)。

おわりに:2005年はインドネシア、フィリピンからの帰国者にコレラ患者が多く見られている(表2、本号7ページ参照)。コレラ患者がアジア地域(インド、フィリピン、タイ、ベトナム等)からの帰国者に多いことから、その地域に渡航する際は安易に生水や生鮮食品を摂らないように充分な注意が必要である。海外のコレラ発生の速報については、厚生労働省検疫所「海外渡航者のための感染症情報」(http://www.forth.go.jp/)のProMED情報が利用可能である。

感染症施行後も「コレラ菌検査の手引き」(昭和63年9月28日健医感発第62号、IASR 9: 219-220, 1988 参照)に基づいて下痢症患者便の細菌学的検査を行うことになっている。表1に示すように、地方衛生研究所(地研)および検疫所からの菌検出報告数は確認患者報告数の約半数となっている。これは、分離菌株が臨床現場から地研に届いていないことを示している。コレラの発生動向調査およびその汚染原因究明のためには、患者からの病原体の分離、およびその菌株の分子疫学的解析が重要である(本号8ページ参照)。また、CT産生性ナグビブリオによるコレラ様下痢症の発生動向を把握するためにも、分離されたV. cholerae のCT産生性あるいはその遺伝子(ctx )の検出を行うことが必要である。臨床現場でV. cholerae が検出された際には、地研に菌株の送付をお願いしたい。また、ナグビブリオの血清型別は国立感染症研究所細菌第一部で行っているので、相談していただきたい。V. cholerae O139の例にもあるように、新しい血清群のV. cholerae によるコレラ様疾患の流行が起こる可能性を想定すると、CT産生性ナグビブリオの今後の動向に注意が必要である。

今月の表紙へ戻る


IASRのホームページに戻る
Return to the IASR HomePage(English)



ホームへ戻る