アメーバ赤痢は寄生性の原生生物である赤痢アメーバ(Entamoeba histolytica )の感染によって引き起こされ、嚢子(シスト)を経口摂取することによって感染が成立する。シストは小腸で脱嚢して栄養型となり、大腸に寄生する。これら感染者の5〜10%において栄養型が大腸上皮細胞を障害し、粘血便をはじめとし、下痢、テネスムス(便意があるが排便がない)、腹痛などの赤痢様症状を起こす(腸管アメーバ症)。さらに栄養型は血行性に転移して肝臓、肺、脳、皮膚などに潰瘍を形成し、重篤な症状を呈する(腸管外アメーバ症)。また大腸内でシスト化し、糞便中にシストが排出され、新たな感染源となる。
1999年4月に施行された「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)」に基づく感染症発生動向調査では、アメーバ赤痢は全数届出義務のある4類感染症とされ、2003年11月施行の感染症法一部改正により、5類感染症全数把握疾患に変更された。2006年4月からは、腸管アメーバ症と腸管外アメーバ症の病型を合わせて報告することとなった。一方で、無症状病原体保有者(シストキャリア)の届出は不要である(届出基準はhttp://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-01.html)。
患者発生状況から見たわが国の状況:WHOによれば、世界人口の約1%に相当する5千万人が赤痢アメーバの感染者とされ、年間4〜10万人がアメーバ赤痢により死亡していると推定されている。わが国では感染症法に基づく2000〜2002年の年間届出患者数は377、434、457例であったが(IASR 24: 79-80, 2003)、2003〜2006年に診断された患者数は521、608、698、747例と上昇傾向が続いている(図1)。2003〜2006年の患者の70%は国内での感染で、他は主に東南アジアを中心とした熱帯地域での感染が推定されている。患者の発生に季節や月ごとの消長はみられないが、これは本症が主に男性同性愛者間(本号3ページ参照)ならびに知的障害者等の施設(本号4ページ参照)において集団感染が見られることを反映していると考えられる。患者のおよそ90%は従来通り30〜60代の男性が占め(図2)、届出数は1999〜2002年の約1.7倍に増加した。一方、女性の感染者の年齢層は男性よりも若く、1999〜2002年では25〜29歳にみられたピークが、2003〜2006年では20〜39歳に広がっており、患者数も1.9倍に増えていた。以前から風俗業で働く女性(CSW:commercial sex worker)における赤痢アメーバ患者の存在が指摘されていたが(IASR 24: 81, 2003)、東京都における調査ではさらに広まりつつあることが報告されている(本号6ページ参照)。2003〜2006年に診断された患者のうち届出時点での死亡例は10例であり、そのうちの9例は30〜80代の男性、1例は80代女性であった。
都道府県別患者発生状況:2003〜2006年に診断された患者が届出された都道府県別にみると、まず東京都、京都府、大阪府、次いで宮城県、神奈川県、山梨県、愛知県、兵庫県、奈良県、岡山県などと、大都市を抱える都道府県に顕著な集積が見られる(図3)。
感染経路:1999〜2002年(IASR 24: 79-80, 2003)と2003〜2006年を比べると(表1)、国内感染が1.8倍、輸入例が1.5倍と、海外に比べてむしろ国内での感染が増えていた。性的接触による感染が1.6倍、経口感染が1.4倍に増加した。男性における異性間性的接触を原因とするケースが2.1倍に増えたことが特筆される。併せて、症例数は少ないが性的接触による女性の感染者数が3.2倍と大幅に増加している。
診断、病型、および治療:ヒトの腸管に寄生するアメーバのうち、非病原性のE. dispar は治療の必要は無く、E. histolytica との鑑別診断が重要であるが、形態学的鑑別は不可能である。現在、診断は(1)便、大腸粘膜組織、膿瘍液から栄養型あるいはシストを検出、(2)ELISAによる特異的抗原の検出、(3)PCRによるE. histolytica 特異的なDNAの検出(本号8ページ参照)、(4)血清抗体検出、さらに、(5)大腸内視鏡や超音波診断法、CTスキャンなどの方法が用いられる。現在、E. histolytica を鑑別する最も信頼のある方法は(2)と(3)であり、(2)についてはELISAのキット(E. histolytica II kit, TechLab, USA)が市販されている。なお、(4)の血清反応はE. histolytica の感染既往を示すが、必ずしも現在の感染を示さないことに注意すべきである(診断法の詳細は病原体検出マニュアル,http://www.nih.go.jp/niid/reference/pathogen-manual-60.pdf#218参照)。
現在の届出基準では、上述の(1)〜(5)のいずれかの方法でE. histolytica の存在を証明した場合に確定診断となるが、届出の半数程度は病原体診断を行うことなく臨床症状と血清診断によっていた。一方、特異的抗原の検出あるいは特異DNAの検出が行われた例はほとんどなく、また、形態観察と血清抗体検出が併用された例は全体のわずか20%程度にすぎなかった。興味深いことに、自覚症状はなくとも健康診断の便潜血陽性により、アメーバ症と診断された例が年に10数例を数えた。
2006年4月以降に報告された病型をみると、全体の19%が腸管外アメーバ症であり、女性患者の12%、男性患者の20%が腸管外アメーバ症で、女性よりも男性の方が腸管外症状が多かった(本号7ページ参照)。また、従来から指摘されていた通り、腸管外アメーバ症患者においては腸管症状はほとんど認められず、両者の症状を併発している例は腸管外アメーバ症患者の1〜2割であった。また、腸管アメーバ症として届けられた患者の数%が腸管外症状を併発していた。
アメーバ赤痢の治療には通常メトロニダゾールの経口投与が選択され、治療効果は高い(本号3ページ参照)。一方、シストキャリアや再感染を繰り返す施設内入所者にはメトロニダゾールに加え、消化管からの吸収が低いフロ酸ジロキサニドやパロモマイシンが併用される(本号4ページ参照)。
今後の対策:シストキャリアは届出が不要であるが、シストが感染源となることから、感染対策上はシストキャリアの診断・治療が重要である。さらに、国内でのアメーバ赤痢患者は男性同性愛者ならびに知的障害者施設での集団感染が注目されてきたが、最近CSWにも感染が拡大している。わが国では多くのアメーバ赤痢患者が梅毒、HIV、B型肝炎等の性感染症を合併していることから(本号3ページ&7ページ参照)、アメーバ赤痢対策は総合的な性感染症対策の一環として行われるべきものと考える。