わが国の性感染症(STD)サーベイランスは、性病予防法に加え、1987年以降感染症発生動向調査事業により実施されてきた(資料1およびIASR 19: 198-199, 1998)。1999年4月の感染症法施行後は法に基づく感染症発生動向調査において、梅毒の全数届出が医師に義務付けられ、性器クラミジア感染症、性器ヘルペスウイルス感染症、尖圭コンジローマ、淋菌感染症がSTD定点から毎月報告されている(届出基準はhttp://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01.html)。後天性免疫不全症候群、アメーバ赤痢、B型肝炎、C型肝炎なども性的接触が感染経路として重要であるが、本特集では、感染症法施行以降の梅毒と定点把握4疾病の動向について述べる。
梅毒:年間報告数は2003年まで減少していたが、2004年に増加に転じ、特に2006年、2007年はそれぞれ前年から約100例増加した(表1)。これを病期別にみると、早期顕症はI期、II期ともに2003年以降、無症候は2005年以降増加傾向がみられた(図1)。無症候の届出では2003年以前には届出基準に合致しない症例が含まれていたが、2003年4月から検査値基準の徹底を図ったため、高齢者の数が減少した(図2および本号8ページ)。晩期顕症と先天梅毒はほぼ横ばいであった。しかし、先天梅毒の小児例は、これまで2006年の10例が最多であったが、2008年は8月27日現在7例の報告があり、増加が懸念される(本号5ページ&7ページ)。
2004〜2007年に報告された2,452例を病期・性・年齢群別にみると(図2)、早期顕症は、男性では10代後半からみられ、30代前半をピークとして20〜40代前半に多く、女性では1例ではあるが10代前半からみられ、20代前半をピークとして10代後半〜30代に多かった。また、I期とII期の比率をみると、男性では1:1.1 であるのに対し、女性は1:1.9 と、II期での診断がより多かった。これは初期硬結などのI期症状は女性では自覚されにくく、ばら疹などII期症状の出現により受診することの影響が考えられる。無症候は、男女ともに10代後半〜90代前半で報告されたが、無症候の割合は、男性26%に対し、女性では46%と大きく、特に20代〜30代前半に多かった(図2)。無症候の診断は、他の性感染症診断時、献血、手術前、施設入所前などの検査によると考えられる。女性で無症候が多いのは、さらに妊婦健診、風俗店従業員の検診など検査の機会が多いことの影響が考えられる。
2004〜2007年の報告例の感染経路は、男性では性的接触(複数の経路が記載されたものを除く)が1,415例(うち75%が異性間)、女性では性的接触が578例(うち86%が異性間)であった。性的接触以外では不明が多く、その他には母子感染31例(うち2例は異性間性的接触もあり)、輸血8例、静注薬物常用4例(うち3例は異性間性的接触もあり)、針等の刺入4例(うち1例は性的接触もあり)、刺青3例(うち2例は性的接触もあり)、患者介護1例(性的接触もあり)などが報告された。
都道府県別では、2004〜2007年4年間の総報告数は東京(452例)、愛知(207例)、大阪(205例)の3自治体で35%を占めた(表1)。一方、4年間の総罹患率(2007年10月1日人口10万対)は、熊本(8.21)、高知(6.14)、香川(5.96)、東京(3.54)の順であった。4年間の合計報告数が2、3例のみの自治体もあり、梅毒が届出義務のある疾患であることの医師に対する周知徹底が必要である。
定点把握4疾病:STD定点は全国約970箇所(2008年6月時点:産婦人科・産科・婦人科466、泌尿器科397、皮膚科93、性病科14)が指定されている。各疾病の定点当たり報告数の年次推移を性別にみると(図4および表2)、男女とも、性器クラミジア感染症と淋菌感染症は2004〜2007年まで減少が続いており、性器ヘルペスウイルス感染症(以下性器ヘルペス)と尖圭コンジローマは、ほぼ横ばいであった。またいずれの年においても、男性では性器クラミジア感染症(報告数全体の約40%)、淋菌感染症(同約30%)の順に多く、女性では性器クラミジア感染症(同約60%)、性器ヘルペス(同約20%)の順であった。
年齢群別にみると(図3)、性器ヘルペス以外の3疾病は、男性では20〜30代前半に多く、60歳以上の報告は少なかった。女性では10代後半〜20代に多く、55歳以上の報告はわずかであった。一方、性器ヘルペスは、他の3疾患よりピークが高年齢にあり、高齢者の報告数が多い。この理由として、本来の届出対象ではない再発例も報告されている可能性が考えられる。そのため、2006年4月改正の届出基準には「明らかな再発例は除く」の一文が書き加えられた。しかし、その後も明らかな変化は認められず、定点医療機関に対する周知徹底が必要である。
さらに、各年齢群別の年次推移をみると(図3)、性器クラミジア、淋菌感染症においては、ほとんどすべての年齢群で減少傾向がみられ、特に若い年齢層で減少傾向が強かった。一方、尖圭コンジローマでは30代以降の年齢群で増加傾向が認められた。
現在の問題点:近年、淋菌やクラミジア・トラコマチスでは薬剤耐性株が増加しており(本号9ページ&10ページ)、またPCR法キットで検出できないターゲットDNAが変異したクラミジアも出現している(本号10ページ)。感染症発生動向調査においてSTD 5疾病は病原体サーベイランスの対象ではないが、東京都では独自に4つのSTD定点から検体を収集し検査を実施している(本号14ページ)。
海外では子宮頸癌、尖圭コンジローマの予防を目的としたヒトパピローマウイルスワクチンが開発、導入されているが、未知の課題も多い(本号12ページ)。
また、STDは重複感染することが多く(本号4ページ&14ページ)、診断時には他のSTDの可能性も考慮し、早期診断・治療に結びつけることが必要であろう。さらに、パートナーへの働きかけも重要な点である。
STD5疾病すべてで10代前半の報告が認められた。性器クラミジアの無症候感染者が高校生女子の13%程度存在するとの報告もあり(厚生労働省研究班)、中学生の段階からSTD予防教育が重要であることは明白である。また、若年者の症状出現時に適切な受診行動に繋がるような、相談、検査体制の構築が急務である。
全数報告の梅毒は増加傾向にあるのに対し、定点報告の性器クラミジア感染症と淋菌感染症は全国的に減少傾向にある(資料2)。しかし、いくつかの自治体において実施された全数調査との比較から、現状の定点では若年者の発生把握が不十分との指摘もあり(厚生労働省研究班)、慎重に評価しなければならない。今後、HIV感染を含めたSTD対策を推進するためには、現在の定点配置の見直しなど、より正確に各地域の実態を把握できるサーベイランス体制が必要とされる。