日本における感染症サーベイランスは、(1)病原体検出報告と(2)患者発生報告から成り立っており、国立感染症研究所(感染研)が中央感染症情報センターとしての業務を担当している。中央感染症情報センターでは、全国の地方衛生研究所(地研)・検疫所が報告する病原体検出報告および都道府県・政令市の保健所から報告される患者発生届出を集計・解析・評価し、情報提供機関への情報還元と公衆衛生関係者・一般国民への情報発信を行っている。
病原体サーベイランス体制:全国レベルの感染症サーベイランスは、1981年7月に国の予算事業として開始されたが、それに先立ち感染研(当時は国立予防衛生研究所・予研)と地研との連携をはかるため、1980年に衛生微生物技術協議会が組織され、感染症等の制圧を目的としたネットワークが形成された。協議会には感染症サーベイランス事業の運営に関わる問題を協議し、事業の遂行を推進するためのレファレンス委員会と検査情報委員会が設けられ、毎年総会・研究会が開催されている。また、感染研内にもレファレンス委員会と病原微生物検出情報委員会が設けられている。1999年4月に「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(感染症法)が施行された後は、法に基づく感染症発生動向調査として位置付けられた。2003年11月に感染症法が改正され、現在の感染症発生動向調査における病原体サーベイランスは図1の体制となっている。
感染症発生動向調査では、全数届出が必要な1類〜5類感染症および定点医療機関から報告が行われている5類感染症について、感染症ごとに届出基準が定められている(http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01.html)。また、性感染症など一部を除く感染症が病原体サーベイランスの対象として示されている(表1)。保健所は積極的疫学調査として医師に病原体サーベイランスのための検体または分離した病原体の提出を求めることができるとされており、医師は検体提出にあたって患者の年齢・性別や臨床情報を病原体検査票(図2)に記載し添付することとなっている。保健所は病原体検査票に疫学的事項を追加記載し検体に添えて地研へ提出する。
地研では検査結果を病原体検査票に記載して保健所へ通知するとともに、感染研感染症情報センターに病原体検出報告を行う。また、感染症発生動向調査以外の食中毒集団発生などの検査結果、ヒト以外の環境・食品・動物の検査結果などについても報告種別「その他」として報告されている。一方、検疫所は海外からの帰国者・入国者に対する検査結果について病原体検出報告を行っている。
病原体サーベイランスのための検査については衛生微生物技術協議会レファレンス委員会で13の病原体別レファレンスセンターを設置して活動しており(本号8ページ&9ページ)、地研と感染研が協力して病原体検査マニュアルを作成して感染研ホームページに掲載している(http://www.nih.go.jp/niid/reference/index.html)。
オンラインシステム:従来の郵送での報告票送付に代えて1997年1月より、「厚生労働行政総合情報システム(WISH)」を利用して地研・検疫所からの病原体検出報告が収集還元されるようになった。WISHは厚生労働省が構築した国、地方自治体、地研、検疫所、保健所等関係機関だけがアクセスできるイントラネットである。しかし、当初、オンラインで報告された病原体検出の全国データはファイル転送により月1回しか還元できなかった。この状況は、現在は下記のようにはるかに改善されている。
2006年5月に病原体検出報告のオンラインシステムは患者発生報告を収集している感染症発生動向調査システムなどと統合され、「感染症サーベイランスシステム(NESID )」として、中央のデータベースで一元的にデータを管理するシステムに変更された。このNESID のサブシステムとして構築された「病原体検出情報システム」には、地研から報告された1980年以降のデータが蓄積・更新されている。平日の毎日、感染研では「新規」に登録されたデータ(本号7ページ)および「変更」されたデータの内容を確認後、データを「公開」する作業を行っている。NESID にアクセス権限を持つ各機関のユーザーは、「公開」データの速報を直ちに閲覧することができる。また、定型のグラフ・集計表が夜間に自動で作成され、翌朝には最新の情報として見ることができる。各ユーザーは蓄積データの検索・集計を行って独自の解析資料を作成することも可能となっている。
情報発信:地研および検疫所から送られた情報は病原微生物検出情報月報(Infectious Agents Surveillance Report: IASR)、感染研が発行しているJapanese Journal of Infectious Diseases, Supplementとしての年報が還元・公表されている他、感染症情報センターのIASRホームページ(http://idsc.nih.go.jp/iasr/index-j.html)に最新の上記定型グラフや集計表などが公表されている。
IASRは「微生物検出情報のシステム化に関する研究班」(1979〜1982年度、班長井上裕正・愛知県衛生研究所長・当時)によって1980年3月に創刊された(本号6ページ)。創刊以来、予研そして感染研のIASR事務局が編集作業を行い、30年間毎月欠かさず発行している。1983年度より感染研と厚生労働省結核感染症課が発行しており、国が定期発行している唯一の感染症情報誌である。情報提供機関(地研、検疫所、保健所、協力医療機関)の他、各自治体衛生部、厚生労働省関係部局、感染研内外の関係者へ配布されている。インターネット版も上記IASRホームページに公開されている。
IASR 1982年11月号より、毎月一つの感染症あるいは病原体をテーマに選び、患者情報と病原体情報の総合的な疫学情報を特集記事としてまとめて掲載している(本号5ページ)。特集記事に併せて特集関連情報記事を数編執筆依頼して同時に掲載している(本号では5ページ、6ページ、7ページ、8ページ&9ページに掲載)。国内情報記事および速報は主に地研からの病原体検出報告の中で特筆すべきと考えられる症例、集団事例等について全国の検査担当者をはじめとする関係者へより有用な情報を提供いただくことを目的に執筆依頼している(本号では10ページに掲載)。外国情報記事はWorld Health Organization、米国Centers for Disease Control and Prevention、英国Health Protection Agency等の公式情報誌に掲載された記事の中からピックアップした記事の抄訳を掲載している(本号では10ページ、11ページ)。また、月次の検出状況集計表(細菌・原虫・寄生虫およびウイルス・リケッチア・クラミジア)を掲載している(本号では15〜23ページに掲載)。
おわりに:1984年の「からしれんこんによる広域ボツリヌス中毒事件」(IASR Vol. 5 No.11, 1984)を契機として、より迅速に病原体情報をオンラインで収集還元することが切望された。患者情報の収集還元が1987年にオンライン化された後10年を経て、病原体情報がオンライン化され、今日に至っている。2009年のパンデミックインフルエンザA(H1N1)2009発生直後より、直ちにAH1pdm検出情報(http://idsc.nih.go.jp/iasr/influ.html)を毎日更新して発信することができるまでに本システムは成長したが、まだ多くの問題を抱えている(本号7ページ)。より有用なシステムへの進化とIASRのさらなる充実に向け、今後も多くの関係者のご理解とご協力をお願いする。