A型肝炎ウイルス(HAV)はピコルナウイルス科ヘパトウイルス属に分類され、血清型は1種類であるが遺伝子型はI〜VI型に分類され(旧VII型はIIB型に再分類された)、ヒトからは主にI、III型が検出される。A型肝炎は糞便中に排泄されたHAVの経口感染によって広がり、時に汚染された食品・飲料水を介する集団発生がみられる。日本を含む先進諸国では衛生環境の改善、特に上下水道の整備に伴いA型肝炎の大規模な集団発生は見られなくなった。しかしながら、依然、年間200例前後の患者が報告されており、劇症肝炎症例も含まれている。
患者は感染後約1カ月間の潜伏期間を経て、38℃以上の発熱、著しい倦怠感、頭痛、食欲不振、筋肉痛、腹痛などの感冒様症状、その後、黄疸、肝腫脹、黒色尿、白色便などの特徴的な肝炎症状を呈する。HAVは感染後約1週間〜発症後数カ月まで長期に便中に排出され、特に発症前から感染伝播する可能性があることに注意すべきである。一般に予後良好で慢性化することはないが、回復までに数カ月かかることもあり、社会経済的な損失の大きな疾病である。5歳以下の小児は約90%が不顕性感染であるが、年齢とともに顕性感染の割合が増え、成人の90%が発症、そのうち60%は黄疸を示す。発症した場合、加齢とともに重症化(劇症肝炎・死亡)する傾向にある。
A型肝炎は2003年11月5日の感染症法改正に伴い、単独疾患として感染症発生動向調査の4類感染症に分類され、現在は無症状病原体保有者を含む全診断症例の届出が義務づけられている(届出基準はhttp://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-04-03.html)。
患者報告数の動向:2007〜2009年の年間患者報告数は157、170、114例であったが、2010年は第34週現在、既に296例に上っている。従来、わが国では冬〜春(1〜5月)に流行がみられていたが(IASR 18: 231-232, 1997 & 23: 271-272, 2002)、近年は2010年以外特にそのような傾向は認められない(図1)。
感染地域の多くは国内であるが、2007〜2009年は国外感染例が54、60、38例と、33〜35%を占め、2010年は第34週までに28例(9.5%)である。国内感染のほとんどは散発例で、時折小規模な集団発生が報告されている(IASR 27: 178, 2006 & 27: 341-342, 2006)。国内例の発生地域は福井県、鳥取県を除く45都道府県で、1990年代に見られた地域集積性は近年見られなくなってきている(図2)。
感染経路:2007年第1週〜2010年第34週に報告された737例中、感染経路不明(122例)を除くほとんど(593例)は飲食物を介する経口感染が疑われていた。その他は家族内感染16、施設内感染2、性的接触3などであった。原因食品として報告にあげられたものは国内・国外感染ともにカキやその他の魚介類が多く、特に国内経口感染例の9割は、カキ・寿司を含む魚介類によるものと推定されていた。この傾向は従来同様であった。
性別年齢分布:2007年第1週〜2010年第34週に報告された患者 737例のうち、男性 431例(58%)、女性 304例(42%)であった。例年、40代〜60代前半にかけて男性が多い傾向が見られる(図3)。患者年齢は上昇傾向にあり、2000年の患者年齢中央値(国内感染/国外感染)は41歳(42歳/33歳)、2004年は44歳(46歳/36歳)(http://idsc.nih.go.jp/disease/hepatitisA/2009week12.html)に対し、2007〜2010年(第34週まで)は46歳(48歳/36歳)であった。
HAV抗体保有状況:国立感染症研究所(感染研)国内血清銀行保存血清を用いた2003年の血清疫学調査では(図4)、全年齢の約88%、50歳以下の約98%はHAV感受性者であった。60歳以上の抗体保有率は70%以上と高く、60〜40歳にかけて急激に減少し、40歳以下はほぼ0%であった(本号3ページ)。
遺伝子解析:2010年の流行状況の調査を行うため、厚生労働省は、4月26日付通知(IASR 31: 140, 2010)により、各自治体宛にA型肝炎の発生届を受理した場合の分子疫学的解析を目的とする患者の糞便検体の確保と積極的疫学調査の実施を依頼した。感染研は国立医薬品食品衛生研究所および全国の地方衛生研究所(地研)と共同で、59例の患者検体からのHAVの塩基配列解析を行った(本号4ページ)。その結果、2010年の流行株はgenotype IAが42株、IBが1株(本号13ページ)、IIIAが16株であり、その大部分はIAの2つのクラスターとIIIAの1つのクラスターに分類されることが判明した。2010年にA型肝炎が多発した理由は、従来日本に常在していたIA株に加え、フィリピンと関連があると考えられるIA株(本号8ページ、9ページ&11ページ)と韓国で大流行したIIIA株(本号11ページ&13ページ)が日本に侵淫してきたためであると考えられた。
予防と対策:A型肝炎は経口感染が主要感染経路となっていることから感染源(患者排泄物、汚染食品等)および感染経路対策が重要である。HAVは不活化されにくく、例えば加熱の場合は完全な不活化には85℃、1分間が必要である。感染予防のためには手洗いを始めとする衛生管理の徹底、充分な加熱調理、塩素剤、グルタールアルデヒド等による消毒などの対策を講じる。
A型肝炎は潜伏期間が長く、原因食品の確保および特定は困難である(本号8ページ)。感染期間が長いので、感染拡大を防ぐためには患者届出の徹底と医療機関・保健所・地研・感染研などの情報共有による感染拡大防止が重要である。上述のように、分子疫学的手法を用いた流行状況の調査が可能となってきており、今後の感染防止対策に遺伝子情報共有システムが貢献することが期待される(本号6ページ)。
個人予防としては、ワクチンまたはヒト免疫グロブリンによる免疫が有効である。ヒト免疫グロブリンはHAV曝露前だけでなく、曝露後の発症予防効果もあるが、ワクチンに比べて持続期間が短い。A型肝炎ワクチンは1994年に認可され、年間10万本程度製造されている。成人(16歳以上)に任意接種が行われており、3回接種で長期間の感染予防効果が期待できる。流行地への旅行者、A型肝炎患者との接触機会が多い医療従事者、保育施設・障害者施設関係者や集団感染報告の多い薬物使用者、男性同性愛者等のA型肝炎のハイリスク群の者が希望する場合には、ワクチン接種が勧められる。
また、食品媒介性HAV対策として(1997年11月28日衛食第 329号・衛乳第330号)食品取り扱い者へのワクチン接種が勧められる。