The Topic of This Month Vol.31 No.12(No.370)

シラミ症とシラミ媒介感染症
(Vol. 31 p. 348-349: 2010年12月号)

シラミとは:人にのみ寄生するシラミ類は吸血性のシラミ類(sucking lice)に分類され、その口器の形態は、野鳥や哺乳動物の羽毛または体毛に寄生する咀しゃく型の口器をもったシラミ類(chewing lice)と大きく異なっている。一般的に前者は後者から出現してきたと考えられている。人に寄生するシラミには、頭髪に寄生するアタマジラミ(Pediculus humanus capitis )(図1A)、体を覆う衣類、下着等に潜んで吸血するコロモジラミ(P. humanus humanus )(図1B)、主として陰毛に寄生するケジラミ(Pthirus pubis )(図1C)の3種がある。アタマジラミとコロモジラミは形態学的に分類することは不可能であるが、アタマジラミは1日当りの吸血回数が多い、体全体が細長い、コロモジラミより若干小形であるなどの特徴がある。人のシラミの進化は原始人における衣服の着用の歴史と密接に関係している。アタマジラミからコロモジラミが進化の過程で分岐してきたと考えられているが、両種はDNAの配列の違いから区別することは困難で、進化の過程で寄生部位などが変化した生態学的変異種との考え方も存在する。

アタマジラミは成虫の体長が2〜3mmほど(雌で約3mm、雄で2〜3mm程度)で、全体は灰白色を呈し、吸血した血液が消化管内に黒っぽく見える。幼虫から成虫まで頭髪に寄生して吸血する。3対の脚末端には発達した爪が各1本ある。産卵数は1日当たり約3〜4個で、1カ月間に100個ほどである。卵は約1週間で孵化し、幼虫は吸血を繰り返して3回脱皮後、約2週間で成虫になる。少数のアタマジラミが産卵を繰り返して徐々に幼虫数が増加し、それらが数時間おきに吸血をすることから、シラミの寄生を受けた人は1カ月ほどでシラミの唾液に感作され、激しい痒みが出現する。アタマジラミ症は一年を通じて認められるが、月別の発生状況をみると6〜7月と11月の二峰性のピークがある(IASR 20: 133-134, 1999、本号3ページ4ページ)。

コロモジラミはアタマジラミより一回り大きいが、1日当りの吸血回数はアタマジラミより少ない。衣服や下着の縫い目に卵を産み付け、幼虫とともにその場に潜んでおり、皮膚上に移動して吸血する。路上生活者において1,000匹を超すコロモジラミが衣服全体に寄生している症例を経験している。これは1カ月以上衣服を取り替えていないことと関係している。

ケジラミの体長は1〜2mmほどで、形態的に前2種とは明らかに異なり、カニのような形態をしていることからcrab liceと呼ばれている。主に陰毛に寄生するが、小児のまつげから検出された症例も報告されている。このような場合、原因となっている家族などのケジラミ感染者の駆除が必要となる。ケジラミは病原体の媒介に係わらないが、ケジラミの外部寄生は性感染症(STI)に位置づけられている。

なお、トコジラミ(南京虫)はカメムシの一種でシラミ類ではない。

シラミ類の伝播と対策:アタマジラミは、主に直接的な頭部の接触により感染する。小児の多い集団や家族間での寝具、タオル、帽子、ロッカー等の共用で伝播する場合もある(IASR 20: 133-134, 1999、本号3ページ4ページ)。したがって、アタマジラミの予防・駆除対策としてはタオル、櫛やブラシ等の共用を避け、シラミが検出された子供達が使用した着衣、シーツ、枕カバー等は55℃以上のお湯に10分間ほど浸すことで卵から成虫まですべて死滅させることができる。アタマジラミが保育園、幼稚園、小学校などの子供達から検出された場合、シラミ症の発生を園児や生徒の家庭に速やかに連絡し、駆除対策を一斉に実施することが重要である。また、現在使用可能な駆除剤に対する抵抗性発達の問題も合わせて啓発すべきである(本号5ページ)。

コロモジラミに関しては、独居老人のアパート内で大量にシラミの発生が認められる例、路上生活者の衣服に多数のシラミが寄生している例などが散見されるが、路上生活者の場合には秋口に衣服を拾って着ることによってコロモジラミをもらうケースが多い。このような場合には、基本的なシラミ対策の啓発に困難を伴うが、感染症対策の面からも地方自治体において地道な啓発活動が求められる。

ケジラミは寄生部位が陰毛であるため性行為によって伝播が起こる。慢性感染者は痒みがないといわれており、新たな感染者は数週間後から激しい痒みによってケジラミの寄生に気づく。現時点で、わが国には患者数推定可能なデータは存在せず、ケジラミに関しては、駆除剤に対する抵抗性の発達も知られていない。患者が医療機関を受診する可能性が低く、薬剤を個人的に入手して駆除している現状等を考えると、抵抗性のケジラミが既に出現している可能性は否定できない。

シラミが媒介する感染症:人に寄生する3種のシラミの中で、コロモジラミは発疹チフス、回帰熱、塹壕熱を媒介することが知られており、原因となる病原体はそれぞれRickettsia prowazekii Borrelia recurrentis Bartonella quintana である(表1)。これらの感染症のうち、前2種の流行により歴史的に多くの人命が失われてきた。

1.発疹チフス:わが国では第一次と第二次世界大戦の時代に大きな流行が起こった。特に1946年には3万2千人以上が感染し、3千人以上が死亡した。しかし、わが国では1957年の1名の患者発生以後報告はない。1995年にブルンジの刑務所で、コロモジラミの蔓延と同時に発疹チフスの流行が確認され、1996年には3,500名、1997年の1〜5月にかけては約24,000名の患者が発生した。患者の血液の87%およびコロモジラミの25%から病原体が検出されている。1997年以降、ロシアの精神病院で少数の患者発生が報告されたが、それ以降、R. prowazekii の宿主であるモモンガに関係した米国での少数の症例以外報告されていない。

2.回帰熱:1990年代にエチオピアやスーダンで回帰熱の流行が起こり、多数の患者が死亡したが、その後大きな流行は起こっていない。

なお、わが国ではマダニ媒介性の回帰熱の輸入症例が2010年に1例報告されている(本号11ページ)。

3.塹壕熱B. quintana は遅発性のグラム陰性短桿菌(図2)で、コロモジラミの消化管で増殖した菌が糞とともに排泄され、それらが掻爬により皮膚から侵入し、感染すると考えられている(本号10ページ)。臨床症状は発熱、骨・関節痛などが主であるが、臨床症状のない慢性の菌血症状態を呈することもある。アルコール依存症の患者、HIV感染等で免疫力が低下している場合、心内膜炎や血管腫を起こす可能性がある。本疾患は第一次および第二次世界大戦時代の兵士を中心に大流行した後沈静化していたが、1998年、マルセイユのホームレス71人中10人からB. quintana が検出され、高い抗体価も認められ、陽性者にはコロモジラミ寄生の既往が認められた。東京の路上生活者の血液からもB. quintana 遺伝子が検出されている(本号7ページ)。今まで、アタマジラミは病原体の媒介に全く関与しないと考えられていた。しかし、アタマジラミからB. quintana 遺伝子がネパール、米国、フィリピンで検出されたことから、塹壕熱の伝播に関与する可能性が示唆された(本号8ページ)。

註)アタマジラミ症は、学校保健安全法施行規則第18条に規定されている、学校において予防すべき感染症の第三種である「その他の感染症」に該当する。アタマジラミ症は、通常出席停止の措置は必要ないと考えられる感染症であるが、病状や発生・流行の態様等を考慮の上、校長が学校医の意見を聞き、第三種の感染症として「病状により学校医その他の医師において感染のおそれがないと認めるまで」出席停止の措置をとることもできる。

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